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ある授業風景 〜善行の基礎講座〜(終話)


「士魂号、前へ!」
 号令と共に、鋼鉄の侍たちがゆっくりと歩き出す。三機はくさび形の隊形を保ったまま一定の速度で前進を始めた。
「九時方向、五一二二小隊の移動を確認!」
『士魂号装備部隊の共同行動か。珍しいこともあるもんだ』
 滝川は感心したような口ぶりでもう一つの士魂号装備部隊が前進していく様を眺めていた。
『何をぼーっとしている。お前もさっさと前進せんか!』
「りょ、了解!」
 舞の叫びに滝川は慌てて前進を開始する。士魂号の歩調がもたらす振動までちゃんと再現されていることに、彼は少しだけ驚いた。
 ――まったく、徹底的に凝っていやがるな。
 だが、それはまだ始まりに過ぎなかったのである。

 乾いた連射音と共に、ジャイアントアサルトから二〇ミリ弾がばら巻かれる。硬化テクタイト製の弾丸は、間にあるものを遠慮なく破壊しながら周囲に着弾していった。
 数体が固まって移動していたゴブリンが、突如ふり注いできた弾丸の嵐の中に偶然突っ込んだ。ゴブリンたちはたちまちのうちに四分五裂する。
「思ったよりも弱いですね」
『壬生屋!』
 警告の叫びが飛ぶが既に遅かった。ちょうど壬生屋の一番機が居る辺りを、複数の光条が走り抜けていった。そのうちの一本が右足に命中、装甲を弾けさせ、辺りに飛び散らせた。
「きゃあっ!!」
『莫迦者! 油断をするな!』
「は、はいっ! 申し訳ありません!」
「左足筋肉被弾、筋肉強度一三%低下。跳躍力八%低下」
 合成音声が被害を冷静に報告していく。
 まだいける。
 そう判断した壬生屋は、さらに前進を続けようとした。
 と、そこへ指揮車から指示が飛んできた。
『一番機は後退し、直ちに修理に取りかかれ』
「そんな、まだ動けます!」
『モニターをよく見なさい』
「え? ……あっ!」
 壬生屋は驚いた。神経接続では何も感じなかったが、左足の筋肉は無残なまでに弾け飛び、異臭を辺り漂わせていた。
 どうやら神経系もやられているらしい。
 人間でも、あまりにもひどい怪我は神経をも切断させてしまい、傷を感じさせなくすることがあるが、これは士魂号でも同じようなものだ。
『理解しましたか?』
「……はい。一番機、後退します」
 壬生屋は悔しそうに唇を噛むと、左足にこれ以上の負担をかけないようにゆっくりと後退を開始した。
「一番機は後退しています。整備班は出動準備!」
 原の叫びと共に、数名の整備士が飛び出した。
「予備人工筋肉、急速解凍急げ!」
「クレーンをこっちに回してください、装甲板吊り下げ用意! クレーンの下には入らないで!」
「想定状況一番機収容完了、整備班は直ちに作業にかかれ」
 合図とともに整備士たちは左足にとりついていく。マーカーで真っ赤に塗られた装甲板が手早く取り外され、内部の「傷ついたことになっている」人工筋肉が次々と取り外されていく。もちろん今は訓練であるから、人工筋肉をそのまま捨てるなどというもったいないことはしないが、それを除けば正に本物の修理そのものの動作であった。
「人工筋肉接続完了、神経系テスト、現在チェック中」
「装甲板ボルト固着完了、異常なし」
「自己診断プログラム作動、左足に異常を認めず。出撃用意ヨシ!」
「四分十三秒ね……。なかなかいいじゃない」
 ストップウォッチを手にしながら、原は満足そうに頷いた。今のところは整備台に固定されているといえ、とっさの判断でも接続としては決して遅くない。
「班長、全作業終了しました。再出撃可能です」
「よろしい。……そうしたら新井木さん、悪いけど彼女を呼んでやってくれる?」
「はぁーい」
 新井木はニヤニヤしながらハンガーを出ていった。
 そこでは壬生屋が腕立て伏せをやっているはずだった。

 モニターの中に動きがあった。ののみはわずかに視線を動かすと、手元のボタンを押し込んだ。
 得られた反応が、彼女の記憶のある一点と合致する。
「じえいぐん、きゅーごーしきせんしゃにりょう、にじほうこうよりせっきんちゅう!」
「ののみ? おまえ、よく分かったな」
「えへへー、あのね、さっきいいんちょがくれた、かーどのおかげなのよ」
「司令の? ……そうか、よかったな、ののみ」
「えへへー」
 嬉しそうなののみの笑顔を見ながら、いつもと違い隣り合わせに座っていた関係で、瀬戸口は彼女の頭をそっと撫でてやった。
『オペレーター、状況を報告せよ』
「自衛軍九五式戦車、数量二、二次方向より接近中。遠距離砲撃戦を行うものと推定される」
『了解』
 瀬戸口は、ののみの得た情報に多少の付加価値を加えながら士魂号に情報を流す。
 同時に心の中では悪態をついていた。
 ――畜生、こいつは本気だ、大マジだ。こんな子にまで徹底的に訓練を施すんだからな。
 だが、おかげで自分の作業負担がいささか減少したのも、疑いない事実である。
 それが、瀬戸口には一層忌々しかった。

   ***

 今のところは順調に戦っているように見えたが、これだけでは訓練にならぬ。
 仮想訓練は第二ラウンドに突入していた。包囲を完了した幻獣に対し、各火力部隊が制圧を行っている。五一二一小隊も包囲網を打ち破られないよう、幻獣の圧力に対抗していた。
 このままいけば、さほどの苦労なく制圧できそうだった。
 そう、このままなら。
「そろそろ始めますか。準備はいいですか?」
「ええ、……実際にはこうならないことを祈るけどね」
「それはまあ、そうですがね」
 善行は苦笑を浮かべると、瀬戸口に合図を送る。
 ――本当にこんな状況は勘弁して欲しいもんだがね。
 瀬戸口は黙ったまま、全員への回路をオンにした。
『緊急、緊急! 指揮車大破!』
 そこまでで彼はぶつり、と通信を打ち切り、傍らにいた原に合図した。
 彼女は小さく頷くと別のマイクを取り上げる。
「こちら整備班、指揮車の被弾を確認。現在連絡不能。これより副司令が全般指揮をとる。なお、索敵能力低下により情報にタイムラグが発生している。各機は情報の取得に留意せよ。前線指揮は芝村千翼長に一任。以上」
 いくら副司令とはいえ、よほどの特例がない限りサービススタッフがラインスタッフに命令を下すことはありえない。
 そういった意味で、原の指示はごく当たり前のものだった。
『了解した』
 舞が素早い返答を返す。その声は意外と落ち着いていた。
「指揮車が沈黙したぐらいでは動じない、か……。さすがね、芝村さん」
 このあたりは原も想定範囲内であった。
 ――だけど、この後はどうなるかしら?
 明らかに各機の動きが鈍いものとなってきた。タイムラグが発生するために正確な情報を掴みにくくなってきたのだ。
 通常前線の情報処理――少なくとも小隊に供給されるそれ――の大半は指揮車が担っているから当然である。補給車にも処理システムが搭載されているが、指揮車のそれにはさすがに及ばない。
 では、それまでもが取り払われたら?
「頃合いかしら、ね」
 戦闘がしばらく進んだ頃、原は傍らに待機していた森に頷いてみせた。彼女は明らかに緊張を顔に浮かべながら、マイクを取り上げる。
 原はその様子に思わず苦笑した。
 ――でもまあ、緊張はするわよね。なんたって……。
『緊急、緊急! 補給車に被弾、大破! 整備班長は行方不明! 整備班は現在再編中ですが、即時補給活動は不可能! 整備班の指揮はも、森百翼長が引き継ぎます!』
 ――せんぱぁい、なんでうちがこんな役割なんすか?
 森は恨み言のひとつも言いたい気分ではあったが、まさか本人の前でそれを言うわけにはいかない。
「じゃ、後は頼んだわよ」
「……森百翼長、整備班再編に向かいますっ!」
 森は半ばやけくそ気味に叫ぶと、他のメンバーの下へ駆け去っていった。
「ちょっと、かわいそうだったかしら? ……でもね森さん、実戦ではこういうこともないとは言えないの。訓練で済んでいるうちは感謝なさい」
 原の表情に、笑みはなかった。

   ***

『指揮車大破、全員戦死を確認。補給車大破、整備班長の戦死を確認。整備班は現在再編中。TIS(戦術情報システム)処理システムダウン。各機は以下の状況に留意し、作戦を遂行せよ。前線指揮は引き続き芝村千翼長に一任』
 整備班長代理――事実上の副司令代理となった森の報告は、パイロットたちに大きなショックを与えていた。
『指揮車も補給車もなしだって!? そんな無茶苦茶な条件があるかよ!』
 ジャイアントアサルトを手近なゴブリンに叩き込みつつ、滝川は信じられないと言った声で叫んだ。指揮車がいなければ小隊の情報収集能力はがた落ちだし、補給車がいなければやがては戦闘継続そのものが不可能になる。
 だが、スピーカはもう沈黙したまま、何も答えようとはしなかった。
 各士魂号のモニターやスカウトのディスプレイに表示される情報が急に静止した。新しい情報が入ってこないので更新がされなくなってしまったのだ。
『これでは、状況がつかめません!』
 小隊の行動に乱れが現れた。各機の損害が徐々に増加する。
 このまま崩壊していくかと思われた戦線を救ったのは、舞の大喝であった。
「うろたえるな! 各機緊急リンクモードに切り替え。三番機をベースとして索敵網を再構築する。情報系ゲート、フルオープン! 厚志、すまぬがしばらく射撃はできん。二〇秒ほど時間を稼げ」
「わかった!」
 速水は遮蔽物の多い市街地に飛び込んで敵弾をかわす。その間にも舞は懸命に状況を把握し、利用可能な情報源を次々にピックアップしていく。
「士魂号はセンサーを全開にしろ! 完全には無理だがある程度はこちらでカバーする。分かったな!」
『りょ、了解!』『頼んだぜ!』
『こちら若宮。来須とともに前進観測を開始する』
 落ち着いた声に、舞は笑みを浮かべた。若宮と来須は自らをセンサー代わりにすることにしたのだ。
「了解した。そちらから見て四時方向、及び八時方向を重点的にセンシング頼む。情報収集を最優先とし、こちらからの指示を聞き逃すな」
『了解』
 そうこうしている間にも舞の指はコンソールの上をまるで流れるように駆け巡り、やがてひとつの結果をはじき出した。
『モ、モニターが回復した!』
 滝川の驚いた声がレシーバーから流れ出す。普段なら叱責のひとつでも飛びそうだが、今のそれは部隊の索敵網が回復したことを示す何よりの知らせとなった。
 戦況表示板にはいささか範囲は狭いものの、現在生き残っているユニットを中心とした敵味方の分布がはっきりと映し出されていた。右下で小さい赤マークが点灯しているのは完全リアルタイムではないことを表しているが、これでも先ほどまでとは大違いだった。
「こんなに距離が開いていては長いことサポートはできん。各機、現位置より『元』補給地点に順次集結する。スカウト、後退を開始せよ。支援する」
『了解』
「敵を味方の火制区域に誘い込んで迎撃する! 各機、周囲の警戒を怠るな!」
『了解!!』
 小隊は再び戦闘力を取り戻した。

「なかなか大したものですね。この状況下にあって連携を失わないとは」
「やはり、三番機と芝村さんの存在が大きいわね」
 データ上は「戦死」したはずのふたりは、モニターを眺めながら戦況を興味深げに眺めていた。
「そうですね。……では、次の設定では三番機を外してみましょうか」
「……あなた、やっぱり楽しんでない?」
 原は呆れたような表情を浮かべながら善行を見つめた。

 パイロットは、あるいは実戦よりも過酷な状況に振り回され、整備士たちは架空世界でのありとあらゆる破損・補給状況に必死になって対応する。
「六時方向、新たな幻獣! 三番機、迎撃に向かう!」
「整備班、戦場回収用意! 手すきの者は周辺警備!」
 そのたびに怒号と悲鳴が飛び交い、彼らは現実世界と仮想世界を交互に行き来しながら、息つく暇もなく次々に襲いかかる状況に対処していく。少しでも遅れれば遠慮なく罰則が課されていった。
「二番機、脱出遅い! 戦死! グラウンド五〇周!」

   ***

 シミュレータがすべて停止し、仮想戦場の戦闘が終わったのは、間もなく真夜中になろうという頃だった。
 その間に小隊は一三回の「戦闘」を経験し、七回は損害を負いつつも敵の制圧に成功、五回は大損害を負って後退、そして一回は――一兵余さず全滅した。
 その頃には全員がくたくたになっており、善行の「状況終了、解散」の声にもすぐには動くことができないほどだった。
「ぐあ〜、疲れたぁ……。なんかノーミソを一〇年分は使った気がするぜ……」
 既に起き上がることすら面倒になったのか、滝川はシミュレータに寄りかかるようにしながら、どこかで聞いたような台詞を呟きつつ深々と息をついた。
「滝川」
「あん? なん……おわぁっ!?」
 何の気なしに振り向いた滝川は、いきなり目の前に飛来した物体に素っ頓狂な声をあげ、反射的に手を差し出してそれを掴んだ。
「冷てぇっ!?」
「差し入れだそうだ、飲め」
 見れば、彼が手にしたのはスポーツドリンクのペットボトルだった。先ほどまで充分に冷やされていたせいか、表面にはびっしりと水滴がまとわりついている。
 次の瞬間、滝川はものも言わずにひと動作で蓋をひねり開けると、口の端からこぼしつつ、喉を鳴らしながらスポーツドリンクを流し込んだ。心地よい冷たさと甘味が喉から全身に染み込んでいくようだ。
「……ぷうっ、うめえっ!」
 一息で七割近く飲み干し、ようやく人心地がついた滝川が口元を拭いながら周囲を見回せば、近くに居た全員が彼と似たり寄ったりの状態でようやくめぐり合った水分と熱烈な口付けをかわしていた。
「お前は今回特に走っていたからな、喉が渇くのも当たり前だ。いや、ひょっとしたら脱水症状だったかも知れんな……全身がだるかったのではないか?」
「お、おお? まあな……でも、今はそうでもないぜ?」
 脱水症状は、初期の状態なら水分の大量摂取だけでも充分な回復が望めるという。事実、先ほどまでは何をするにもだるくて仕方がなかった滝川だったが、今ではずいぶん軽くなっているのを実感していた。
「んじゃ、お前さんの使ってたのは頭じゃなくて筋肉だったってことだな」
「ええっ? そ、そりゃないっすよ師匠〜」
 へたばりながらもひょうきんな口ぶりで揶揄する瀬戸口に、滝川は情けない声を上げた。
 周囲からどっと笑い声が上がる。
「それにしても、今日はなんだかすごい騒ぎでしたね……。何があったのでしょうか?」
「さあな、そのうち分かるかも知れんぞ?」
「おい何だよ、お前さん、何か知ってるのか?」
「いや、知らぬ。憶測ではなんとでも言えるがな」
 だが、いささか疲れた様子は隠せないながらも、舞の口元には面白げな表情が浮かんでいた。速水にも何か思い当たるフシがあったようだ。
 その様子を見た周囲の者たちは、不思議そうに顔を見合わせるしかできなかった。
 その時、ふたりの胸中にはある確信が既に生まれていた。

 外ではかすかな夜風が訓練で火照った身体を冷やしてくれた。指揮官といえど、騒動と全く無縁ではなかったのだ。
「善行」
 呼び止められて振り向けば、そこには舞たちが立っていた。
「予行演習としては上出来ではないか?」
「やはり、分かりますか」
 善行は小さく苦笑を浮かべた。
「むろんだ。もっとも、確信したのはシミュレータに入ってからだがな。……教官たちがいなかったのは、最終確認のためだな」
「そのとおりです」
 舞たちが提案した作戦――熊本城攻防戦が正式に認可を受けた、それは証明であった。
「勝つためには最大限の努力をすべきですからね」
 速水たちは黙って頷く。
 師団編成や自衛軍のことを細かに述べたのは指揮系統の混乱を防ぎ、味方の識別(幻獣には寄生型もいるのだ)を容易にする。そして部隊規模の説明は――自分たちがどの立場にいるのかを明確に宣言したのだ。
 使い捨てにされるかも知れない駒であるという事実を。
 戦闘訓練のほうは言うまでもない。多分に憶測や公開できない部分もあるだろうが、想定される戦場に慣れておく事は決して無駄ではないし、あまりにも異常なシチュエーションが設定されたのも、実戦に即したものだからだ。
 戦場では、どんなことも起こりうる。
 だが、ふたりは善行の言葉の裏にもうひとつの意図を汲み取っていた。
 全員が無事に生きて帰れるように。
 そのために、現時点で考えられるあらゆるデータ――ひょっとしたら機密情報も――をシミュレータにぶち込んだのかもしれない。
 ふたりは善行を黙って見送ると、愛機の整備にかかるべくハンガーへと戻っていった。

   ***

「九州防衛線における分岐点」と呼ばれることになる熊本城攻防戦が勃発したのは、それから三日後のことだった。
 幻獣のオリジナルが発見されたという虚偽情報で幻獣を誘引し、包囲殲滅するというこの作戦のために、生徒会連合は遊撃一〇個小隊、包囲部隊として四個大隊を出撃させた。これは県内の可動戦力の実に四割に当たったという。むろん、自衛軍も現時点で回せる戦力のすべて――陸自二個大隊、海上自衛軍第一護衛艦隊、航空機四〇機を派遣した。
 彼らの戦況がどうであったかについては、攻防戦終了直後に生徒会連合九州軍総司令部宛――平たく言えば準竜師宛に発した簡潔な電文が全てを示しているであろう。

 宛 生徒会連合九州軍司令部 芝村準竜師
 発 生徒会連合第五一二一小隊司令 善行忠孝

 本文
 我ラ五一二一小隊、全員来タリ、見タリ、ソシテ勝テリ。
(おわり)


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