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ラスト・ディッチ(その2)


 第七補給所は陸上自衛軍が管理しており、宇土駅そば、国道五七号と国道三号の交差する付近に設置されていた。本来ならばここには工場があったらしいのだが、度重なる戦闘で強制的に更地にされてしまっていた。それをさらに陸自の施設科が丁寧に整地していたから、元が何であったかなどもはや区別もつかぬ。
 そんなわけで、スペースだけはやたらとあるこの補給所に到着した小隊を一言で表現するならば、「砂糖壷に落ちた蟻」というのが最もふさわしかろう。
 補給所の警備についていた自衛軍兵士の指示に従って車輌を格納し、そのままの足でやけに丁寧に案内された先は、彼らにとってまさに天国のようなものであったからだ。
「うわーっ!! この宿舎、俺たちが使っていいのかよ!?」
「こっちには食事の支度がしてあるぜ!」
「見てみぃ、お風呂まで沸いてるやんか!」
 まるでホテルに着いた修学旅行の学生よろしく――まあ、似たようなものだ――わいわいがやがやと騒ぎ立てる様子に、善行たちはさすがに苦笑を、そしてこの補給所の責任者である陸自の大佐は微笑ましげに見守っていた。
「戦闘の直後だというのに、元気なものだ。それも連戦の後だというのに……」
「いや、お恥ずかしいところをお見せしまして……。まあ、こういった状況が久しぶりですからね」
 ただ遊んでいるわけではない、というニュアンスを込めて善行が見つめると、大佐はにやりとしながら軽く手を振った。
「その辺は充分承知しているつもりだ。……ご苦労でした」
 中年の大佐は、善行たちに向かって小さく頭を下げた。予備役出身であるせいか、それとも現実を理解しているせいか、上官としての立場を取りつつも、彼の物腰は非常に柔らかい。これはかなり珍しいことであった。
「間に合わせだが大抵のものは用意できた。周辺警備は我々が行うので、まずは英気を養って欲しい。……諸官らには、これからも戦ってもらわなきゃいかんからな」
 その声には、善行の知らぬ何事かを知っている響きが含まれていた。彼は口を開きかけ――そのまま閉じる。
「大佐殿、もしよろしければ、あとで少し時間をいただきたいのですが……?」
 彼は黙って頷くと、促すように視線を小隊に向ける。
 善行が大休止と食事、睡眠の許可を出すと、小隊から歓声が上がった。

   ***

 ウォードレスを脱ぎ捨て、何日ぶりかの風呂に入る。
 合成食とはいえまともな食事を摂って、ちゃんとしたベッドでぐっすりとした睡眠をとる。
 いつもの生活では当たり前だったそれらの行動は、今の彼らにとって王侯貴族の生活にも等しい贅沢さだった。
 あたりはすっかり日が落ちて、藍色の闇に染められた中、かまぼこ型の簡易宿舎を利用した食堂の中で、滝川はその贅沢のひとつを存分に味わっていた。彼は目の前に並べられた、クリームシチューを中心とした食事を黙々と平らげている。
「ぷはーっ、ごっそさん! もう食えねぇー……」
 ようやく満足したのか、滝川はスプーンを放り出すと、満足そうに体を背もたれに預け、大きく伸びをした。
「くぅ〜っ、ちゃんと背伸びができるっていいよなあ……。師匠もそう思うでしょ?」
「いや、まったくだな。解き放たれて初めて分かる戒めって奴かな」
 瀬戸口も体のあちこちを動かしながら、ゆったりと長椅子に寝転んでいる。薬品で感覚を抑えているとはいえ、体表面の大半をラバーコーティングされるのは相当の負担を彼らに強いていたのだ。
 滝川はもう一度伸びをし――そこで初めて周囲がやたらと静かなことに気がついた。
「……あれ? 他のみんなは?」
「とっくに夢の中さ」
 瀬戸口の指差した窓からは、別の簡易宿舎が二棟ほど見えたが、明かりは既に消えていた。
「え? もうそんな時間だったのか……」
「そこまで食ってたのはお前さんだけだよ。しっかしよく食ったな?」
「いや、なんかもう腹減っちゃって……」
 滝川が軽く頭を掻くのを見て、瀬戸口は小さな笑みを浮かべた。
「いいさ、それだけ食えるなら充分だ。あとはしっかり寝ておくことだな」
「そっすね……ふあぁ、んじゃ、風呂にも入ってさっぱりしたこったし、悪いけど俺も寝ます……。どうも、ごっそさんでした!」
 腹がくちくなったせいか、滝川を急激に睡魔が襲っていく。彼は厨房で立ち働いていた自衛軍の兵に挨拶すると、しょぼつく目をこすり、ふらふらと食堂を出て行った。
「ま、無理もないさ。あいつらが一番の重労働なんだからな……。それにしても、これから先……」
 ふと瀬戸口の眉間にしわが寄った。
 考えてみたところで彼に分かるわけもないが、ろくでもない結末であろう事は容易に想像がついた。
「いずこも地獄、か……。ならば今はせめて極楽を楽しむか。それじゃ、失礼します」
「お粗末さま」
 兵たちの声に軽く会釈すると、瀬戸口も食堂を後にした。当番兵たちは厨房から出てくると、食器の後片付けを始める。
「それにしても、良く食いやがったな、あいつら。……それだけ、しんどかったんだろうな」
「まあ、そうだろうな。それに知ってるか? あいつら……」
「ああ。俺たちはさらに苦労をかけさせる側ってわけか。せめて、飯ぐらいはしっかり食わせてやらんとな」
「そういうこった。ちゃんとそいつらは洗っておいてやれよ。あいつらが、使えるようにな」
「分かってるさ」
 兵たちは重苦しい表情で、黙ったまま片づけを続けた。

   ***

 部下たちがつかの間の幸せを得ている間でも、司令というものは休息するということはない。それが上官としての義務であり、最低限なすべきことでもある。
 ……というのが一応の建前であるが、彼らとて人間である以上、どこかで回復を図る必要がある。要はタイミングだ。
 暗闇の中でかすかにアラームが鳴る。
 正確には頭の中で鳴り響いたそれを止めると、善行はむくりと寝台から起き出す。時間にすれば二時間も経っていないだろうが、心身に力が充実しているのが自分でも感じられた。
 善行は士官用にと割り当てられた宿舎を出ると、これだけは唯一比較的頑丈に作られている司令棟に向かい、唯一明かりのついている部屋へと入っていった。
「その様子だと、休息は取れたようだね」
「おかげさまで、十分に」
 大佐は善行の言葉に小さく頷くと、傍らにあったポットからコーヒーを注ぎいれると、善行に差し出した。
 一口飲んで、しばらくカップの中を覗き込んでいた善行だったが、やがて顔を上げると小さな笑みを浮かべた。
「部下たちは、あなたたちのおかげで久しぶりに十分な休養が取れているようです。正直、ここまで期待できるとは思っていませんでした」
 大佐は、静かな表情のまま答えない。善行は言葉を継いだ。
「……なぜ、ここまでしていただけるのですか?」
 大佐は、自分もコーヒーを一口飲むと、小さく息をついた。大佐を見て、善行は驚いた。彼の表情には苦悩にも似たものが浮かんでいたのだ。
「我々が、ふがいないからさ。去年のことは言うに及ばず、今も我々は敵の進撃にほとんどなすすべもない。それを食い止めてきてくれたのは実質君たちだ。ならば、我々としてはできるだけのことをするだけのことだ」
 今度は善行が黙る番だった。彼の言っていることは間違いのない事実ではあるが、あえて指摘するほどのことでもない。彼も恥と言う言葉は知っていた。
「……ああ、そうだ。君もすでに知っていると思うが……。正規の命令系統ではないが、まあ、私が渡しても構うまい」
 大佐は、机の上に置かれていた一枚のメモを差し出した。善行はそれに目を通し、丁寧に折りたたむと懐へとしまった。
「本来なら我々が率先して残るべきだが、すでに後退命令が出ている。……申し訳ない」
「気にしないでください。我々も軍人です。命令の不条理さについては理解しているつもりですから」
 善行にしてはいささか皮肉の効いた台詞に、大佐は黙って頭を下げた。
 しばしの沈黙の後、善行は、いささか場違いかと思えるほどに明るい声で言った。
「ああ、そうだ。もし可能ならばひとつお願いを聞いて欲しいのですが」

   ***

 次の日の朝、小隊の面々は意外な事実を突きつけられることとなる。昨日まで補給所のあちこちで働いていたはずの自衛軍の兵たちが、ひとりもいなくなっていたのだ。
 補給所内はきれいに整えられ、物資も残っている。食堂には全員分の朝食までが用意してあったにもかかわらず、人だけがいなかったのだ。
 当然ながら彼らはその理由を善行に求めたが、彼はまず全員に朝食を摂るように命じると、自ら率先して箸を取った。
 仕方なしに他の者もそれに倣いはしたものの、味などもとよりわかるはずもない。
 全員が食事を終えたことを確認すると、そこで初めて善行は、自衛軍に後退命令が出ていたこと、そして自分たちには別の命令が与えられていることを話した。
 ――学兵の残存部隊は現地点にとどまり、戦力ある限り持久を図り遅滞防御せしむべし。
 それが善行の受け取っていた命令だった。
 むろんこの事実は小隊に動揺を引き起こしはしたが、それは意外に小さなものであったといえる。誰もが薄々は理解していたことであったからだ。それに、腹が満ちていたことも大きかったかもしれない。
 食事の直後に感情を激することができる人間は、さほど多くはない。
「……事ここにいたれば、我々の抵抗はまったく無意味のように思えるかもしれません。しかし、我々の後方である熊本市には、いまだ数十万の市民が脱出の時を待っているのです。……我々は醜の御楯(しこのみたて)です。弱い者、力なき者を守る楯。我らは力ある限り、あらゆる暴虐の前に立ちふさがり、無辜の民を守るべく戦うべきなのです」
 善行が言葉を切ると、一本の手が恐る恐ると上げられた。
「森さん?」
「ええと、それは……。私たちはもう、脱出できないということでしょうか?」
「ああ、そんなことはありません。まあ、今すぐというわけにはいきませんがね」
 善行の口調は、まるで世間話でもするかのようなものに変わっていた。
「我々は当面の間、ここで戦い続けます。幸い、自衛軍の好意で――本来なら彼らはおととい後退していたはずですからね――補給所の物資は好きに利用していいという言質を取ってあります。補給に関しての問題は最低限に抑えられると考えていいでしょう」
 善行は言葉を区切ると、全員を見回した。
 誰もが、この話がどこへと向かうのか集中している。
 ある意味開き直りもあるかもしれないが、同時に休養と栄養補給は、彼らに新たな戦う力を与えていた。
「我らは明日早朝を期してここから打って出、野戦にて敵と一戦し、一定の時間をおいて後退する、いわゆる遅滞防御戦闘を繰り返し、ある程度の時間を稼いだと判断された時には速やかに後退、本隊と合流します。何か質問は?」
 舞が手を上げた。
「ある程度といっても、いつまで続ける気だ?」
「今の戦力なら、約三日というところでしょう。それ以上は向こうも期待していないでしょうしね」
 皆の顔に希望と不安が交錯する。かなり高いハードルではあるが、決して不可能ではない。ましてや自分たちが消え去る必要はないのだ。
「まあ、そんなところであろう。了承した」
 舞は小さく頷くと、再び腰を下ろした。
「作戦開始は明朝〇七〇〇時。それまでは各自ゆっくりと休んでください。解散」
 それからしばらくの間、補給所はお祭り騒ぎになっていた。彼らは善行が作戦にもうひとつのリミットがあるのを言わなかったことに気づいていた。
 この小隊が戦力を喪失するか、全滅するまでという条件を。

 夜が訪れると、誰もが示し合わせたかのようにさっさと寝台へともぐりこんだ。明日からは大変なことになる。休憩は取れるうちにとっておくべきだ。
 例外は、ふたりだけだった。
「なんだか、大変なことになっちゃったね」
「まあ、予想された範囲であろう。これも我らの力が足りなかったせいだと思えば文句も言えぬ」
 速水と、そして舞は、降るような星空のもと、山と詰まれた資材の上に寝そべって星を見ていた。
「結構頑張ったと思うんだけどなあ……?」
「連中がそれ以上に強力だったということだ。戦闘は相対的に戦力が大きいほうが勝つ。それだけだ」
「じゃあ、僕らのやろうとしていることは、結局無駄?」
 舞は一瞬激昂しかけ――そのまま口をつぐんだ。速水の口元に笑みが浮かんでいるのに気がついたのだ。
 ――こやつ、遊んでおるな。
「結果がでないうちに早々にあきらめるのは愚か者のすることだ。我らは生きており戦う力もある。なすべきことも理解している。ならばそれをなせばよい。これで答えになるか?」
「……十分に」
 そういうや、速水は突如舞にのしかかった。
「あ、厚志っ!? ん……」
 たちまちに舞の唇がやわらかく塞がれる。速水は舞の背中に手を回すと、そのまま彼女を抱きしめた。
「んっ、んむっ……。はあ、はあ、あ、厚志ッ!! なな何をいきなり……」
 暗闇の中で幸いだったと思いつつ、舞は鋭い声を上げた。
「だって、ここのところ戦闘尽くめで、舞と仲良くする暇すらなかったんだもの。また明日から忙しいんだし、ね?」
「ば、莫迦者っ! ここ、こんなところで……」
「みんなもう寝てるよ。舞は嫌なの?」
「あ、その、い、嫌とかそういうのではなくてだな。その、だな……。もう少し、加減というものを、せよ……」
 蚊の鳴くような舞の声に、速水はにっこりと微笑むと今度はそっと舞の顔を支え上げた。
「うん、分かったよ。舞」
 その言葉に、舞はそっと目を閉じた。

 それが、二人で過ごした最後の夜となった。

   ***

 舞は、薄暗い場所で目を覚ました。どうやらうたた寝をしていたらしい。
 頭の芯がずっしりと重い。いくら休んでも取れそうにない疲れが、まるで澱のように体の中にたまっていた。
 ――また、あの時の夢か。
 舞は妙にけだるい雰囲気のまま、そっと身を起こした。わずかに漏れ来る光によって、ここが士魂号のコックピットの中なのだとようやく判別できる。
 士魂号複座型、彼女にとっての愛機は、いまや動くこともままならない姿を遮るもののない焼け跡の中にさらしていた。
 脚部のあちこちには破口が穿たれ、右足にいたっては完全に焼け落ちている。その他の部位もあちこち損傷していることは明白だった。
 もっとも変化があったのは胸部で、そこに据えられていたはずの装甲板はごっそりと脱落していた。
 機内は最低限の電源以外は全てカットされ、静まり返っている。それでも破口から光が入るせいで、どうにか物を見分けられる程度には明るくなっている。
 そこに、舞はいた。
 機内には異様なにおいが立ち込めている。だが、各所に穴が空いているせいで、呼吸に困難は感じない。
 巨大な複座型のコックピットにいるのは、彼女一人であった。パイロット席には誰もいない。
 いや、そこはすでに「席」と呼べるようなものではなくなっていた。機器の大半は意味のないガラクタと化し、一部には出火した跡さえ見受けられる。
 そしてシートには無数の破片が突き刺さり、背もたれから座面にかけてはどす黒くにごった染みが広範囲にわたってこびりついていた。
 前席を見つめていた舞は、半ば無意識に胸元に提げた袋に手をやる。袋の中で何かがかさり、と乾いた音を立てた。
 それはかつて速水であったものの一部――彼の遺髪だった。
「厚志……」
 舞の視線を向けた先には、間に合わせの板で立てたとおぼしき小さな墓標があった。

 遅滞防御戦闘。それが全てを変えてしまった。
 これを行うためには、こちらは可能な限り損害を抑える必要がある。例え敵の損害が大したものではなくても、自らを妨害しうる勢力が存在するという事実が彼らに制約を強いるのだから、むやみに戦力は減らせないのだ。
 だから、善行は防御力にすぐれた地形ばかりを選んでそこに小隊を展開させ、一撃を加えるとすぐに後退させていた。それでも敵の足は確実に鈍り、損害を受けることなく司令部の求める時間を稼ぎ出す役に立っていたのだ。
 だが、それでもいつかは幸運にも終わりが訪れる。五一二一小隊にとってのそれはあまりにも急激であった。
 作戦開始から二日目、山沿いの隘路の両脇に展開していた五一二一小隊は、いつもの通り敵に一撃を加えた後にさっさと後退を開始しようとしていたが、酷使に耐えかねたのか、二番機の脚部が突如機能停止し、その場に取り残されてしまったのだ。
 すぐさま三番機が取って返し二番機を援護。どうにか再起動に成功した二番期は直ちに脱出に移り、三番機もそれに続こうとしたのだが、その時には敵の長距離射撃部隊が攻撃準備を完了させた後だった。
「厚志、後方にレーザー反応、数……一二!」
 舞の叫びと同時に、三番機の周囲を光の筋が走りぬける。あるいはそれだけだったらどうにかなったのかもしれないが、それに追い討ちをかけるように生体ミサイルの嵐が襲いかかってきた。
 既にかわすことが不可能な距離まで接近していたミサイルに、速水は胸をかばうように手を交差させたが、全ての範囲を防御することは不可能だった。
 そして、そこをやられた。
 激しい振動に意識を失いかけた舞だったが、不意に差し込んだ光に再び目を開き――彼女にしては珍しいことに、そのまま絶句してしまった。
 本来もっとも強固な装甲で守られているはずのコックピットから装甲が全て剥がれ落ち、直接外界が見えていたのだ。
「あ、厚志っ……!」
「舞、大丈夫?」
 意外なほど落ち着いた声に、舞は驚くと同時に安堵した。
 速水はその直後に再び後退機動を開始、複座型とは思えない脚力で戦場を脱しつつあるのを感じ、その安堵はさらに大きくなった。
 だがそれは、大きな間違いであった。

「三番機、まもなく到着します!」
 オペレーターからの連絡を受けた森が報告する。原はやがて三番機が見えるであろう方向を見据えながら、次々と指示を下していた。
「トレーラー、リフトアップの準備! かなり損傷しているとの事だから補助クレーンも出しておいて!」
「人工筋肉冷却システム準備完了! 予備電気系統起動スタンバイ!」
「三番機、見えました! これは……!」
 双眼鏡を構えていた遠坂が絶句する。
「どうしたの?」
「胸部装甲がそっくり脱落しています。よくあれで無事だったものですね……」
 だが、バランサーまで損傷しているのか、と原がそんな疑問を持つほどに三番機の足取りはおぼつかなかった。
 やがて三番機は補給車の前まで来ると、崩れ落ちるように膝をついた。
「ご苦労様! 悪いけどすぐトレーラーに乗せたいから……!? 何よ、これ!?」
 トレーラーへ誘導しようとした森が絶句する。三番機の胸部には赤黒い液体が幾筋もの流れを作り、そのうちのひとつは地面に垂れ落ちて、しみを作り始めていた。
 そのとき、機内から舞の叫び声が聞こえた。
「厚志、厚志っ! へ、返事をせんか、厚志ッ!!」
 ほぼ同時に後部ハッチが開かれ、中から舞が顔を出す。芝村たる彼女が今にも泣きそうな表情をしているのを見て、周囲はようやくただならぬ事態が発生したことを理解した。やがてコックピットから引き出された速水を見て、皆が一様に息を飲んだ。
「まさか、そんな……厚志ッ!!」
 それは、戦士でもなく、ましてや芝村でもない、愛する者を失ったひとりの少女の悲痛なまでの叫びであった。


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