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ラスト・ディッチ(その1)


 我らは楯。
 自ら打たれ、傷つくとも、力持たぬ者へさしかけられる唯一にして最後の守り。
 我らここにある限り一歩も引くことなく、最後の一兵となれども屈することなし。

 諸説異論はあろう。また、すべての者がそう信じていたわけではないこともまた事実である。
 だが、少なくとも第三次防衛戦において、兵士たちに求められたのはまさにこれであり、彼らもまたそれに応えるべく、自らを戦火の中に投じ――散っていった。
 それはまた学兵も例外ではない。
 いや、彼らこそが最も苛烈な戦場を常に支えてきた、まさに柱石たる存在であったのだ。……惜しむらくは、最終的に全ての努力は水泡に帰そうとしていたのであったが。

   ***

 一九九九年六月二日(水)一六三〇時。
 大分港フェリーターミナルは、いまだ喧騒の中にあった。
 夕闇が迫る中、九州からの避難港のひとつとして指定されたこの港の岸壁は、大小さまざまな船舶で溢れかえっていた。フェリーから貨物船に至る、ありとあらゆる種類の船が舷側をこすらんばかりの間隔で出入りし、今や人類の手から失われようとしているこの地から、一人でも多くの軍民を救い出そうと奮闘を続けていた。公式発表では救出作戦は終了したことになっていたが、少なくともここにいる者たちはそんなことを気にした風もなく、黙々と自らの任務を果たしていた。
 交通渋滞のさらに外側では、海上自衛軍や各国義勇海軍の艦艇が数隻、隙間を縫うように走り回り、周辺警戒を続けていた。はるか彼方、水平線近くではやたらと平らな姿をした艦から、轟音と共に航空機が発進していく。海上自衛軍の数少ない航空護衛艦「かいほう」である。
 任務に精励する彼女らの姿は、まるで皆を守り切れず、この地を失ったことを詫びるかのようであった。
 そんな中、いましも一隻のフェリーが岸壁を離れようとしていた。民間から半ば強制徴用されたこのフェリーは、タグボートに曳航されながら、夕日に赤く染められた船体を転回させ、ゆっくりと港外に向けて移動を開始する。
 彼女はいまや刀折れ矢尽き、重装備のほとんどを放棄して撤退する生徒会連合軍――学兵たちを満載していた。
 輸送距離が比較的短いことから、彼らは収容限界をはるかに超えて乗船させられており、船室はおろかデッキまで溢れかえっている。周囲はかろうじて敷かれた毛布の上に寝かされた者たちのうめきに満ちていた。
 水を求める声、痛みを訴える声、既に言葉にならぬうわごとなど、地獄があるのならばあるいはこういった場所なのか、と思わせる声が流れていたが、時おりその声が不意に小さくなったかと思うと、パタリと止む。
 そんなときは大抵、近くにいる軍医が駆け寄ってちらりと顔を見、脈を取るが、大抵の場合、軍医は疲れた顔を横に振るだけであった。
 それを確認した上で、後方に待機していた衛生兵が黒いゴミ袋にも似た死体収容袋を広げ、丸太を扱うような丁寧さで収容すると、ふたりがかりで持ち上げて船底へと運んでいく。
 船底の一角にはすでに先客が山積みとなっており、それはまだまだ増加する気配を見せていた。

 結局のところ、九州を主戦場とした第三次防衛戦は、人類の大敗で幕を閉じた、そう言っていいだろう。
 むろん、公式には終結したこととなっている戦闘はいまだに続いており、今この瞬間にも多くの兵士たちが戦場に斃れ、あるいは一生消えることのない傷を負わされている。
 なかには、あまりに苛烈な戦場を体験したがゆえに、精神がここではない、どこか彼方に出撃してしまった者も決して少なくなかった。
 政府は五月一日、九州及び沖縄の放棄を決定した。
 この瞬間から軍の任務は敵を撃退することではなく、いかに多くの市民を避難させるか、また自らの損害を少なく抑えて撤退するかというものに変わっていた。
 自衛軍、そして後半は実質的主戦力となっていた生徒会連合軍は、乏しい補給と劣悪な環境の中で、まさに醜の御楯(しこのみたて)として力持たぬ者たちを守りつづけたが、絶望的なまでについた戦力差の前にはいかんともしがたく、当初は人数だけなら七個師団は編成できるだけの人間がいたというのに、いまや二個師団にすら足りない者たちが、ようやくの思いで関門海峡を渡ろうとしているにすぎなかった。
 残りの者が全て戦死したわけではない。実際にはこの他にも数万名が、自らゲリラに志願して、九州各地に潜伏、抵抗戦を展開していた。
 だが、武器弾薬、食糧もなく、体調も満足でない者が、このような環境の中でそう長く生きられるとは、当の本人たちも含め思っていなかった。
 彼ら・彼女らは、撤退する者たちの足手まといにならぬため、そして幻獣の本州・四国侵攻をわずかでも遅らせるために「負けるための戦い」の捨て石となったのだ。
 捨て石たちの、更に捨て石に。

 ちなみに、彼らの努力によって脱出できた九州・沖縄の国民は、五月末現在で九州一四〇〇万、沖縄八〇万のうち三割に満たなかった。

   ***

 やがて、紅に濡れた夕日も水平線の彼方に沈み、デッキにも闇が落ちてきた。
 ようやく室内に収容することができたのか、はたまた船底の客が増えたのかは知らないが、デッキは先ほどまでの騒がしさからようやく解放されて、閑散とした雰囲気をたたえていた。
 当初門司港に入港する予定だったフェリーは、港が処理能力の限界を超えていたせいもあって、広島への回航を命じられていた。海洋型幻獣の跳梁も懸念される中、フェリーはたった一隻で闇の中を進んでいく。
 と、男がひとり、薄暗い階段を上ってデッキに姿を現した。
 短く刈り込んだ髪に無精ひげ、そして丸眼鏡。
 五一二一小隊司令、善行である。
 顔にはこれはどうかと思われるほどに脂が浮かび、ひげはかなりいい加減に伸ばされ、制服はくしゃくしゃになり、泥と血に汚れていた。学兵の基本装備と言ってもいいウォードレスなどとうの昔に放棄したその姿は、敗残兵と呼ぶにふさわしいみすぼらしさをかもし出していた。
 ただし、眼だけは例外だった。
 彼は闇に溶け込んでしまった九州を見据えるかのように、デッキの手すりに体を預けている。かつて平和なりし頃ならば見えたかもしれぬ沿岸部の明かりは、今は影も形もない。
 善行は、手すりにもたれかかりながら、自分が乗っているこの船の事をぼんやりと考えていた。
 噂話のレベルを出ていないが、殊に学兵が乗船した船は数隻ずつ、あるいは単独であちこちの港にばらばらに収容されているということだった。
 ――ひょっとしたら政府は、第六世代をひとところに集めることに恐怖を感じているのかもしれないな。
 勝手な事だ、と善行は口元をゆがめた。
 勝手な連中が、勝手な法律を無理やり成立させたおかげで、自分たちは赤紙一枚でかき集められる羽目になった。それで無理やり戦わせておいて、負け戦になれば恐怖を覚える。
 莫迦な話だった。
 そんなに怖いのなら自分たちを脱出させなければいいのに、戦力不足からそれも決断ができない。勝手な自縄自縛の貧乏くじは自分たちに与えられた、そういうわけか。
 脳裏には果てしなく暗い考えばかりが浮かんでくるが、そもそも確たる情報があるわけでもない以上、この考え自体がどこまでも当て推量でしかない。
「埒もない、ことですかね……」
 推測で物事を考えると、大抵ろくでもない結果にしかならぬ。ましてやこれだけの負け戦の中では――。
「何を見ているの?」
 後ろからの声に、善行は顔を上げた。
 そこには、同じく九州から脱出する幸運を得た、五一二一小隊整備班長である原が立っていた。
 身づくろいなど思いもよらない逃避行のせいで、たいそう手ひどい姿になってはいたが、それでもなお魅力を感じさせ
るであろう顔には、何か形容しがたい、複雑な表情が浮かんでいた。
「別に、何も見ていませんよ」
「嘘」
「……あなたがそう言うなら、そうかもしれません」
 あまりにも明快に決めつけられ、善行は小さく苦笑した。
 原はそっと善行の傍らに並ぶと、自らもまた何かを見つけようとするかのように、闇の彼方に目を向けていた。
 かの地には、さまざまなものを残していた。
 彼らの小隊は装備のほとんどを失いはしたものの、どうにか大分までたどり着くことのできた、もっとも幸運な部隊のうちのひとつであった。
 だが、無傷ではない。九州では、ただ存在するというそれだけのことに、それ相応の代価を払わねばならぬ土地へと変貌していたのだ。
 今、人いきれに満ちた室内で寝ている者のうち、何名かは軍務への復帰は難しいだろうと言われていた。いや、それどころか生きて再び陸地を踏めるかどうかすら、大いに怪しいところがある。
 いや、ここに共にいるだけまだましであろう。中には善行たちの手からこぼれてしまった者もいる。
 ひとりはすでに再び還らぬ地へと出撃したし、もうひとりは……多分生きてはいるであろう。だが、恐らくもう再び会うことはない。
 デッキを吹き抜ける風が、ふたりを容赦なくなぶっていった。原は、善行の顔を見ながら挑むような口調で言った。
「後悔してるの?」
 善行はゆっくりと首を振る。
「いいえ。後悔などしない、許しも請わない。そんなことをするくらいなら、最初から決断などしない」
 善行の声には迷いも怖れも含まれていなかったが、彼はちょっとの間口をつぐむと、口にするのをためらうかのようにぼそりと呟いた。
「……だが、諦めもしない」
 原は、彼の言葉に含まれた何かに、かすかに目を見開いた。
 ――何よ、あんたでも感傷的になることがあるのね。
 それはちょっとした衝撃であると同時に、大いに共感できることでもあった。
 望みなど、これまでの逃避行で消耗しつくしている。彼女のポケットは諦観と自嘲で膨らみきっていた。
 だが、いかにか細い望みとはいえ、それを自分の側から断ち切ろうともまた思わなかった。
「しばらく、隣にいていいかしら?」
「……ご随意に」
 ふたりはデッキの手すりに手をつき、黙ったまま夜の闇を見つめていた。

   ***

 話は少し前にさかのぼる。
 一九九九年五月一二日(水)、宇土戦区。
 彼らはいまだ戦いの渦中にあった。

 開戦時から、戦況は人類にとって完全に不利だった。
 一九九九年三月に政府による宣戦布告もなく――幻獣との戦いの始まりはたいていこうである――九州で戦闘が始まったときから、それはすでに予め定められたかのごとくに分かりきったことだった。
 なにしろ、彼我の戦力に差がありすぎた。
 前年、八代平原攻防戦を初めとした一連の戦闘の中で、正規軍たる陸上自衛軍は、まるで石臼に放り込まれた豆のようにひき潰され、海上自衛軍・航空自衛軍もそれ相応の損害を受けて、九州から早々に引き上げてしまった。
 軍事的真空地帯となってしまった九州に、それ以降正規軍からの補充はほとんど配備されていない。
 かろうじて、陸自だけが増援を送り込みはしたものの、それは臨時国会を半ば強引に緊急通過させられた、第二次学徒動員法――通称「学兵法」によって無理やりかき集められた、頭数だけは一〇万人にも及ぶ少年少女たちと、あちこちからはせ参じた義勇軍がほとんどであった。
 ことに、学校での軍事教練程度しか受けたことのない学兵たちは、追加として形ばかりの訓練は施されたものの、よく言って時間稼ぎの駒でしかなく、戦果などはなから期待されていなかった。

 開戦から約二ヶ月が過ぎた四月末の時点で、当初一〇万名を数えた学兵は、その後中学生の強制動員を加えて、一時は一五万名近くまで増加したものの、鉄板に生卵をぶつけるような戦闘が繰り返された結果、約六万まで減少していた。
 しかもそのうちの六割は訓練未了というありさまで、出撃させるよりは待機させたほうが、装備を損耗しない分だけましであった。
 そんな体たらくの中でも全軍が完全崩壊に至っていないのは、政府の予想を裏切って、学兵の一部や陸上自衛軍残存部隊、各国義勇軍が予想以上の善戦を行っていることにあった。
 だが、あくまでそれは局地的なものであり、全体の趨勢を覆すまでには至っていなかった。現地の兵たちは知る由もなかったことではあるが、このころ政府部内では、九州ならびに沖縄を放棄する案が真剣にささやかれ始めていた。
 そんな中、善戦していた数少ない学兵部隊の中に、独立第五一二一対戦車小隊の名前を見ることができる。彼らは、敗北しつつあるこの戦いの中で、それでもその運命をはねのけようと戦い続けていた。
 あるいは、自らの生存のためだけに戦っていたのかもしれないが、それはどうでもいいことだった。
 どちらであろうも、手を抜けば待っているのは死だけだったのだから。

   ***

 彼方から鈍い、くぐもった音が響いてくる。
 それを最後に戦場にうごめく幻獣の姿は消えた。全てを破壊された廃墟に、急速に静けさが戻ってくる。
「速水機、ヒトウバンを撃破。……本戦区の幻獣反応、全て消滅しました」
 いささか不調気味のモニターとセンサーを何度も確かめてから、オペレーターである瀬戸口は、いささか疲れを感じさせる声で宣言した。
 いや、実際に疲れていたのかもしれない。何しろ戦闘開始から既に四時間が経過していたのだ。敵の増援に次ぐ増援で小隊はこの場に釘付けとなってしまい、結局それだけの時間を消費させられるはめになった。
 一方、善行はたいした疲れも感じさせないような声でゆっくりと言った。
「よろしい。戦闘体勢解除。通常体勢への移行を開始せよ」
「かくきよりはんのうあり、つうじょうたいせいにいこうかいし。……ふえぇ、あついのよ」
 ののみが額に玉の汗を浮かべながら報告する。いつも笑顔を絶やさぬ彼女の声も、いささか元気がない。。
 事実、室内にはむっとした空気がこもり、まるで蒸し風呂のようであった。空調設備はついていても、それはあくまで車内にぎっちりと詰め込まれている各種精密機器の管理がメインであり、人間の事情など斟酌しない。
 わずかに動いている換気装置では、とてもそんなものでおっつきはしなかった。
 善行は、顎に手を当てながら瞬間の思考を自分に許した後、瀬戸口を呼んだ。
「瀬戸口君、周囲の状況を再チェック。あと、念のために空気測定も実施してください」
「……了解」
 ――まったく、こいつは疲れるって事を知らないのかね? こっちはもうへとへとなんだ、ちっとはねぎらってくれたって、罰は当たるまいに。
 瀬戸口はかすかな反発を覚えはしたものの、口には出さぬ。
 言いたいことは各種取り揃えて言語中枢に格納してあるが、この男の指揮が小隊をここまで生き残らせてきたのは事実であるし、戦闘が終わった直後の戦場では、安全はいくら確認しても、し過ぎということはない。
 彼の指はコンソールの上を駆け巡り、ほどなくして目的の結果を得ることができた。
 ――周辺の敵反応、なし。
 ――大気中の放射性物質、有害物質反応、許容値以下。呼吸に支障なし。
 瀬戸口の報告に、善行は小さく頷いた。
「加藤さん、攻勢開始線まで後退。補給車と合流します」
「はいな」
「ああ、それからドライバーズハッチを解放してください。……石津さん、聞こえますか?」
『はい……』
「あなたはガンナーズハッチを開放してください」
『了解……しま……した』
 ふたつのハッチが大きく開かれると、移動し始めたこともあってかかなりの風量が一気に車内に流れ込んできた。
「ふええ、すずしいの〜」
「いや〜、まさか空気がこんな旨いもんだとはおもわへんかったわ!」
 その空気とて硝煙と埃、どうかすれば仲間の死臭すら混じっていたかもしれない代物ではあったが、それでも今はリゾート地のそれよりも魅力に溢れたものだった。
 善行ははしゃぐふたりの声を聞きながら、後ろを向いてかすかに笑みを浮かべてみせた。
 ――ちぇっ、知ってたのか。そのつもりならさっさと言えってんだ。まったく……。
 いささかばつの悪さは感じたものの、瀬戸口も苦笑気味に笑い返してみせた。
 ハッチを二箇所とも開放したままという、いささか珍妙な格好で指揮車が部隊と合流したのは、それからほどなくのことであった。

「変わったことをしたものね?」
「気分転換という奴です。おそらく、効果はあったと思うんですがね」
 補給車の前で善行を出迎えた原は、あきれたような口調で皮肉を口にしたのだが、そんな程度で善行がどうこうなるはずもない。それは彼女自身が良く知っているし、今はやらなければならないことが他にいくらでもあった。
 原は表情を改めると、現状を簡単に説明した。
「現在、士魂号の収容を継続中。簡易チェックを行わせているけど、とりあえずのところ、致命的な損傷を受けている機体はないわ」
 その言葉を裏付けるように、補給車の向こうでは士魂号が次々と一〇トントレーラーに固縛されていった。整備士たちも誰もが疲労を隠せないでいたが、それでも全機が無事だったせいか、表情は意外と明るかった。
 だが、原の表情はすぐれない。
「固縛完了後、装備と栄養ペーストの補充を行なえば、とりあえず戦闘は継続できるわ。でも……」
「人間のほうに不安がある、と?」
 善行に台詞を引き取られ、原は一瞬言葉に詰まりはしたものの黙って頷いた。
 五一二一小隊が兵站線から組織だった最後の補給を受けたのは、今から一週間ほど前のことだった。この時は、軍が出し惜しみしていたのかと思うほどの大量の物資が届けられた。
 だが、善行はそれに安心せずに、事務官たる加藤を筆頭として、ほぼ総出であれやこれやと手当たり次第に駆けずり回らせ、貪欲なまでに物資をかき集めさせ続けた。
 結果、士魂号本体の部品、武器弾薬、ならびにウォードレス関連の物資についてはかなりの所要量を確保することができ、今ぐらいの大規模戦闘でも、士魂号が破壊さえされなければもうニ、三回くらいは耐えることが出来るはずだった。なにしろウォードレスの簡易装着キットや、人工筋肉保管用の冷凍車まで無理やり引っ張ってきたのだから、ある意味当然といえる(その分、運転に整備士を割かねばならなかったが、これは仕方のないことだとされた)。
 だが、隊員たちの行動を支える物資――平たく言えば各種生活物資はそうもいかなかった。どこの部隊もない袖を振ることはできず、お寒い限りの備蓄量しかなかったのである。
 結果、小隊はあり余る武器を持ちながら、腹を空かせて戦闘するという妙な状態が続いていた。
 そこへもってきてここの戦場だけですでに四時間、その前を合わせればほぼ半日近く移動と戦闘を繰り返していた。いかに体力に優れた第六世代といえど、疲れもすれば腹も減る。
 どこかで本格的な休養が必要になっていた。
 原は、なにやら思案顔を浮かべている善行に視線を向けた。なんとなくではあるが、今この男がポーズを取っているのだと気がついたのだ。
 ――それなりに対策はありそうね。
「聞かせてもらえる?」
 原の何かを確信したような声に、善行は苦笑を浮かべた。
「……今、ちょっと連絡を取らせています。うまくいればいいんですがね」
 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、瀬戸口が指揮車から顔を出すと、大声で善行を呼ばわった。
「司令、第七補給所との連絡が取れました! 『補給を許可する』だそうです。……このあたりでまだ店開きしている奴がいたとは、驚きだな」
 宇土戦区自体がまさに放棄寸前、悪い意味でお祭り騒ぎの真っ只中であったから、瀬戸口の驚きは充分に理解できるものであった。
「司令、どうします?」
 善行は、戦場にはいっそ不似合いなほどに朗らかな声で、笑みを浮かべながら答えた。
「それでは、向こうの気が変わらないうちに行くとしましょうか。……ああ、今の情報を全員に通達してください。あと、そこについたら大休止するともね」
「了解っ!」
 瀬戸口が勢い良く車内に飛び込んでからほどなくして、小隊のあちこちで歓呼の声が上がった。
「……さて、そういうことになったので、補給計画の準備を願いますか?」
「了解しました」
 原の苦笑が大きくなった。彼女はまさに令則通りの敬礼をすると、足早に補給車へと駆け戻っていった。
 善行も笑みを浮かべながら答礼したが、原が補給車内に姿を消すと、その表情は一転して厳しいものになる。
 なるほど、確かに今は運良く補給も休養も取れるだろうが、彼らの任務が変更されたわけではない。
 小隊に明日があるかどうかなど、誰にも分からなかった。
 ――最後の晩餐に、ならなければいいんだが。
 善行は自分の思いつきがよほど不快だったのか、顔をしかめながら唾を吐き捨てた。


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