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逃避行(その2)


 部隊に配属されてから、しばらくの間は平和だった。
 戦争は続いていたから平和という言葉はおかしいが、庄田にとってはまさに台風の目のような、少なくとも命を危険にさらすことのない、ぽっかりとした日が訪れていた。
 先に述べたとおり、彼が配属された時点では生徒会連合は志願制を採用していたが、その充足率はきわめて低いものにとどまっていた。
 そもそも志願制という制度が成立するためには、ある集団を構成する人間が、その組織に参加することで自身、または集団そのものに何らかのメリットがあると信じられてこそ有効に機能するものである。
 この時代、国防に対する国民の意識は決して低いものではなかった。それは、徴兵制がメインであった自衛軍において、徴兵満期後も軍に留まり続ける者が少なくなかったことからもうかがえるが、なにしろ戦えば連戦連敗、ついにはユーラシア大陸から追い出されてしまった現実に、戦うことになんらメリットを見出せなくなっていたのもまた確かである。生徒会連合の現実は世相を忠実に反映した結果に過ぎない。
 そのせいもあってか、部隊編成などやりたくてもできない状態が続いており、庄田の所属している独立第一機甲大隊など、彼の小隊はともかく、実勢は本来の三分の一、せいぜい中隊を維持するのが精一杯であった。
 当然ながら訓練は続けられたが、部隊全体の練度を上げるために不可欠な中隊、大隊単位の訓練は、驚くべきことに、幻獣による一九九九年の春季大攻勢が始まるまで――そして、大量に徴兵された学兵が配属されるまで――、ついに行われることはなかったのである。
 しかし、いくらのんびりしたといっても、それはあくまで比較対象上の話である。
 集団訓練が行えないのを補うように、個々の戦闘訓練はいっそう厳しく続けられ、庄田はこの中で遠慮なしにしごかれ、時には遠慮なく罵倒され、殴られる日々が続いていた。
 庄田にとっては見込み違いもいいところだったが、志願者は優遇するという方針通り、彼の小隊には数少ない自衛軍出身の下士官がつけられていたから、訓練に手を抜くなどということはありえなかった。
 それはある意味生徒会連合、あるいは自衛軍が彼らに示すことのできた最大限の好意でもあったのだが、庄田はそうは受け取らなかった。
 雑巾のように絞られながら、庄田は口には出さずに恨み言を呟きつつ、いつか彼らに自分にしてきた事の報いを返し、彼らが間違っていたと証明してみせる、と固く誓っていた。
 その決意が顔にも出ていたのか、部隊の中で「指導」を受けたのは庄田が一番多かったのだが、技量がそれについていくことはなかった。

 毎日のように怒鳴られ、遅くまで下士官がつきっきりで訓練を繰り返し、庄田が心の奥底で何やら黒いものを弄ぶ日々が繰り返された。
 頭はどう考えていようとも、さすがに体の方が自然な反応として順応を開始した結果、下士官特製の訓練メニューを課せられる回数は漸減傾向にあったが、その間に部隊における彼の評価はしっかりと定まっていた。むろん、それほど良いものではなかったが、さりとて最悪でもない。
 まさに、以前からの彼を知っているかのような評価であったのだが、当然というか庄田自身にとっては大いに不満であった。彼の中での自分の評価はいま少し高かったからだ。
 それでもそれを表に出すこともなく、本人としては黙々と訓練をこなしているうちに年も変わり、徐々に新規徴兵の学兵が増えていくにつれて、車両こそ自衛軍のお下がり、骨董品級の六一式戦車とはいえ、外見的には部隊としての完成の域に近づきつつあった。ただしそれは、あくまで練度とはまったく無縁の世界において、であるが。
 部隊の定数が揃ったのは、一九九九年の三月半ば。
 幻獣の侵攻が再び始まってから、半月ほど経過したころのことであった。

 部隊全体での総合訓練をまったく行っていなかったとはいえ、独立第一機甲大隊の当初の活動は決してひどいものではなかった。初の出動は三月二七日だったが、このときは二個中隊二八両が戦闘加入し、中小型幻獣を合わせて約四〇体ほど撃破する戦果を収めており、担当戦区である菊池市の防衛には成功している。
 ただし、撃墜数自体は出動した戦力に比べて決して多いものでもなく、また、両中隊合わせて四両の損害が発生したのは、決して無視してよい話でもなかった。
 いうなれば、機甲部隊としての火力と練度の低さが同時に証明された格好になったのであったが、司令部は特に批評めいたことは言わなかった。それは最初から分かっていたことであり、今はなるべく物事の明るい側面だけを見るべきであると考えられていたからだ。
 このころはまだ補給線がまともに機能していたこともあり、消耗した戦力は比較的に速やかに補充され、大隊は額面上の戦力を取り戻した。しかし、車両はともかく、人員は今の庄田たちよりもさらにろくな訓練を受けていない学兵たちであり、部隊にそこはかとない暗雲を投げかけていた。

 その後彼らは数度にわたる出動を経験したが、初回とたいした違いはなかった。挙げた戦果も少ないものではなかったが、出撃のたびに確実に部隊の顔ぶれが変わっていくという現実は、残されたものたちに有形無形のさまざまな影響を及ぼしていた。
 だが、それは庄田に何の影響もあたえていなかった。彼の小隊も車両も開戦以来いまだ損害を受けたことはなく、気がつけば部隊で一番の古株となりつつあったのだ。
 それは、この小隊に配属された熟練兵の割合の多さによるものでもあったろうが、庄田はそれを自らの力量だと考えた。
 ――どうだ、俺はやっぱり正しかったんだ。見ていろ、これからが本番だからな。
 やはり口には出さねど、彼の思考は正直傲慢のレベルに達しつつあった。それを反映してか、車両内のチームワークは良いものではなかったが、庄田はそれを無視した。そんな些細なことは自分の考えることではないと思っていたのだ。
 彼が車両を追い出されずにすんでいたのは、同乗していた砲手――庄田の訓練を担当した古兵――の尽力のおかげでもあったのだが、当然のことながら、彼がそれに気がつくことはなかった。
 部隊はいろいろな軋みをあげつつも、とにかく戦闘に加入し続け、叩かれながらもそれなりの存在意義を示していた。
 何もかもが変わってしまった、あの瞬間まで。

   ***

 不意に庄田の足元がよろけた。ぬかるみに足を取られたのだ。彼は危うく転倒しかけたが、ギリギリのところでどうにか持ちこたえる。
 庄田は大きく息をつき、傍らを振り返った。田崎はがっくりと頭を垂れ、髪を雨が滝のように伝って落ちていた。
 どうやら彼女が力を抜いたせいでバランスを崩したと気がつき、庄田は一瞬かっと頭に血を上らせかけたが、どうにかそれを収めると極力冷静な声を上げた。
「おい、美香。大丈夫か? ……美香?」
 返事はない。
 見れば、彼女の顔はぞっとするほどに青ざめ、彼の声も聞こえているのかどうか分からないようなありさまだった。
 庄田は不吉な予感に胸を掴まれつつ、今度はいささか強い声で繰り返し呼ぶと、ようやくのことでかすかに顔を上げた。
「あ……? わた、し……」
「気がついたか?」
「すみません……。なんか、ぼーっとしちゃって……。情けないなあ。もっと、体を鍛えておけばよかったですね……」
 田崎は笑顔を浮かべようとしたのかもしれないが、あいにくそれは失敗に終わった。彼女がかすかに口元を引きつらせたのを見て、庄田は足元に視線を向け――鼓動が一拍跳んだ。
 田崎の傷口から流れ出している血は、先ほどとは比べ物にならなかった。紅い流れは彼女の右足に巻きつきながら、いくつもの筋を描いていた。
 ――こいつは、もう持たないかもな。
 一瞬、そんな考えが浮かびかけ、庄田は慌てて首を振った。いくらなんでもそれは今は考えてはいけないことのように思えたのだ。
「……すまん、無理をしすぎたようだ。少し休憩しよう」
 有無を言わせずに、庄田は比較的雨の落ちてこなさそうな木の幹を見つけると、そこに田崎を座らせて自らも腰を下ろした。傷口を覆っている布をいったん外し、再びきつく締めなおす。手を伝う生暖かい感触が、彼の心をざわめかせた。
 喉の渇きを覚え、庄田は腰の水筒に手を伸ばしたが、それは既に空であった。舌打ちをしつつ、彼は枝を伝って垂れてくる雫を集めようとするが、それは恐ろしく時間のかかる作業になりそうだった。
「せん、ぱい……」
 消え去りそうな声にぎくりとして振り返ると、田崎が自分を見つめていることに気がついた。彼女は今度こそ笑みを浮かべることに成功していた。
「私の水筒、まだ中身が残ってるはずです。よかったら、使ってください」
「い、いや、しかし……」
 彼はしばらくの間逡巡していたが、やがて彼女の腰から水筒をそっと外した。ずっしりとした感触のするそれの蓋を開けると、口元から中身を半ばこぼれさせながら一挙に空けた。
 半分ほど飲んだところで、ようやく思い出したように飲むのをやめると、彼は水筒の口をぬぐい、それを田崎の口元へと持っていった。彼女の喉が小さくうごめく。
「おいしい……。先輩、ありがとうございます」
 庄田は黙って再び水筒に口をつけた。
 水は、無性に苦かった。

   ***

 事態が急変したのは、四月も半ばにはいったころであった。
 そのころまでに庄田の所属する大隊は、いささかよろめきながらも幾多の戦場でそれなりに活躍をしてきたが、同時に損害も無視できないものとなっていった。度重なる損失を補充すべくさまざまな努力は払われていたが、兵站線の崩壊がそれを徐々に許さなくなりつつあったのだ。
 この時点までに、大隊の可動戦力は最盛時の半分程度までに落ち込んでおり、まともな中隊はすでに残っていなかった。中でも第二中隊などは、基幹要員以外は全員あの世へと「突撃」してしまったというありさまだった。
 事ここに至って、大隊本部ならびに彼らを統括する連隊司令部はひとつの決断を下した。大隊としての単一運用をあきらめ、可動戦力を小隊単位で再編、各部隊へ派遣する形で活用することにしたのだ。
 これは正直、危険な兆候であった。
 戦力、ことに戦車のような機動戦力は、集中して運用してこそ最大の戦力を発揮するものとされていた。分散して、いわば助っ人として運用することは、その能力を十全に発揮できないばかりか、下手をすれば各個撃破、あるいは使い潰される危険性すらあった。
 だが、大隊本部はあえてそれを無視した。補給がない以上は戦力の回復は望むべくもなかったし、だからといって活用できるはずの戦力を遊ばせておく余裕もどこにもない。
 かくして、庄田の所属する小隊は、決断が下った同日に増援の臨編独立第一機甲小隊として、第一〇四独立歩兵大隊の増援に派遣されることが決定されたのであった。
 この大隊はいわゆる急造大隊であり、開戦後に追加徴兵された中学生を中心に編成されており、形ばかりの訓練をわずかに一〇日ほど施されただけの存在であった。
 本来ならば楯にもならない――いや、使うべきではない連中であったが、これがこの時期の生徒会連合としては標準的な部隊であり、ことさら彼らが冷遇されていたわけではない。
 それでも、小隊の多くの者は、自分たちが配属された「大隊」に実態を知った瞬間に、ここにいない何者かに向かって悪態のひとつもつきたい気分であった。
 庄田はその例外であったが、別に彼が何事かを考えていたからというわけではない。彼は自らが操る車両に対し、いささか過大とも言える評価を与えていた。
 これに乗っていれば、正直一緒に組む相手がなんであろうと、少なくとも自分は生き残れると本気で思っていたのだ。
 むろん、それは大いなる幻想に過ぎない。
 戦場においては、最も戦力の高いものが真っ先に狙われる傾向にあるのだ。

 歩兵大隊と合流した機甲小隊は、ろくな打ち合わせもできないままに直ちに出撃を命ぜられた。幻獣出現レベルはV3であり、ウォードレスを着用する暇もないままに、彼らはその当時最も激戦区であった八代戦区に投入された。
 そのころの全般的な戦況は人類側がかなり不利であり、関東では九州の放棄が真剣に語られ始めていた。
 敗色濃厚――実際には幻獣側にもいくつか問題があり、そこまで深刻ではなかったことが後の調査で判明している――であった人類側は、同じく生徒会連合の遊撃小隊が転戦してしまった穴を埋めるべく、この訓練未了にも等しい大隊を投入したのである。
 いくら戦力増強の意味合いもあるとはいえ、一個小隊の穴埋めに大隊――それも機甲一個小隊が増強された――をあてているあたりが、この部隊の実態を如実に表していたが、転戦していった部隊の実力を考えれば、それも無理なからぬことかもしれなかった。
 その部隊の名は、独立第五一二一対戦車小隊といった。

 状況は、一言で言えば最悪だった。
 第一〇四歩兵大隊は、移動手段の大半がトラックだったために、道中の悪路によって戦場への到着時刻が大幅に遅延していた。当初の予定より大幅に遅れた大隊がようやく戦場に到着した頃には、幻獣による圧迫が最もきつくなっており、誰もかれもが余裕を失っていた。
 戦区司令部は、見かけはそれなりに見えるこの大隊を、ろくに戦力評価することもせずに迎撃を下命、大隊は混乱の中、近隣の部隊との連携も取れず、前進するしか道が残されていなかった。
「大隊本部より入電! 『機甲小隊は本隊を援護すべく、前面に展開されたし』」
「畜生、俺たちは体のいい楯かよ……!」
 小隊司令は、できるものなら大隊本部に噛み付いてやりたいところだった。歩兵大隊は地区司令部の命令を真に受けて前進しようとしている。このまま行けば、数十分を待たずして大量の射的の的ができあがりだ。
「司令、ど、どうしますか?」
「……命令をまるっきり無視するわけにもいかん。小隊各車は右梯形にて、大隊右翼より前方に展開する。移動速度は一号車に合わせるよう。遠藤、前進だ……ゆっくりとな」
「了解っ!」
 遠藤十翼長には、司令の言いたいことが理解できていた。つまり、右下がりの直線を描くようにして大隊右翼を守りつつ前方に展開する、少なくともそう見える態度をとりながら時間を稼げと言っているのだ。
 あの様子では、大隊は戦車が展開するまではてこでも動きそうになかったから、結果的に大隊を無茶な前進から救うことにつながる。それに、左翼には別の部隊が展開している。連中には悪いが、向こうが自分たちを楯にしようとしているならば、自分たちが向こうを楯にして悪いわけがない。司令はそう決めつけることにした。
「よし、各車前進開始。大隊を援護する」
『司令、こんなまどろっこしいことをしてないで、さっさと突っ込んだほうが早いんじゃないですか?』
 突如レシーバーに割り込んできた声に、司令は舌打ちするのをようやくのことでこらえていた。
 声の主は庄田であった。
 ――あいつ、俺の言ったことをまるっきり理解していないじゃないか。他に人手がいれば、入れ替えてやるんだが……。
 あいにくとそれは、彼の実態を知っている他の小隊から丁寧に断られたことで頓挫していた。まだ何かしゃべくっているレシーバーを無視しながら、司令は仕方なさそうにマイクのスイッチを入れる。
「庄田百翼長、今のところむやみな前進は意味がない。指示に従え、以上だ」
『……了解』
 鋼を仕込んだような声を浴びせられ、庄田も黙り込むしかなかった。もとより彼に、前進した後のプランがあるわけではない。
 ようやく静かになったところで、司令はハッチから身を乗り出して周囲を眺め回す。危険はもとより承知の上だが、防弾構造になっているビジョン・ブロック(覗き窓)からでは、視界が狭くてどうしようもなかった。
 ――これで庄田の奴、また俺を恨むんだろうな。ま、あんな奴に恨まれたところでどうということもないがな。
 ふと思いついて後ろを振り返ると、驚いたことに四号車のハッチから誰かが身を乗り出していた。いや、この状況であそこから身を乗り出せるのはひとりしかいない。
 ――なんだ? あの莫迦、格好付けか? まあいい。センサーは多いほうがいいからな。……役に立つか立たないかはともかく。
 以上は、司令の脳裏をほんの一瞬ほど掠めた思考に過ぎなかった。彼は視線を元に戻すと、そこから再びゆっくりと視界の両端を重ねるようにしながら、左右に流し始めた。
 右翼方向、敵影なし。センサーにも反応なし。
 左翼方向――。
 そこで初めて、司令は何か違和感を感じていた。何かが足りないのだ。
 彼は唐突に理解した。
「おい、左翼の連中、どこに行ったんだ?」

 ちょうどそのころ、庄田もハッチから身を乗り出して周囲を眺め回していたが、それはまさに眺め回す以上の何者でもなく、わずかに入ってきた情報も、庄田にとっては風景以外の何者でもなかった。
「まったく、司令の莫迦がこんなちんたらした行動しやがって。俺だったらもっとこう、バシッと決めてやるのによ……」
 彼は気がつかなかったが、そのころ四号車の中では一斉に失笑が起こっていた。さすがの庄田も、小隊に聞かれたらまずいとスイッチは切っていたのだが、車内系のことまでは頭が回っていなかったのだ。
 ――おい、また莫迦が何か勝手なこと言ってやがるぜ。
 ――まったく、司令の目的も分からんでいい気なもんだな。
 ――ま、そういうな。これでも一応車長様だからな。
 四号車は事実上小隊司令に次ぐ権限を与えられているために、クルーも必然的に能力のあるものが配されている。中には自衛軍での実戦経験のある者もいたから、そんな彼らから見れば庄田など、まさに噴飯ものであった。
 はっきり言えば、庄田がここにいるのは何かの間違いでしかないのだが、それでもこの中の最上級者である以上、表立って反論するものもまたいない。こういうタイプを下手に怒らせると、後でどうなるか知れたものではないからだ。
 逆に言えば、庄田が追い出されずに済んでいるのは、階級差だけだったと言っていい。いくら無視をしているとはいえ、そのあたりは彼も薄々とは感づいているらしい。
 だからこそ、司令が車上に身を乗り出したのを見た庄田は、間髪いれずに同じ行動をとったのだ。
 だが、司令の行動には意味あってのことだったが、庄田のそれは当然何もあるわけがない。結果、庄田の行動は、戦場で無意味に身をさらす愚かさを知っている者たちに、新たな侮蔑と嘲笑の種を与えるだけの結果に終わっていた。

 部隊はようやくのことで前方展開を終わろうとしていたが、小隊司令はまさに開いた口がふさがらなかった。
「なんてこった! 左翼の連中、勝手に後退しちまってるじゃないか!」
 言いながら彼は、その中に含まれている恐ろしい事実に気がついていた。集団脱走でもあるまいし、いかに技量が低い部隊といえども、何もないのに勝手に後退することなどありえない。だとすれば――。
 思考がまとまる寸前に、答えは唐突にやってきた。はるか彼方で何かが光ったと思うと、眩しく輝く紅い光が数条、彼の周囲を横切ったのだ。
「!」
 それとほぼ時を同じくして、奇怪な飛行音が轟いたかと思うと、第一〇四歩兵大隊の左翼周辺で次々に爆発が発生し、スカウトが、あるいはスカウトであったものがいくつも宙に舞った。
 危害半径がやけに広い。彼らもまた、ウォードレスを着用していなかった。
「敵襲!」
 叫びながら、司令は後悔の思いを噛み締める。
 左翼から味方が消えてしまっていては、その周辺の情報が入るわけもない。それをうっかり信じ込んでしまった自分に腹が立ったのだ。
 ともかく今は味方の援護をしなければならない。車長は喉に当てたマイクのスイッチを入れた。
「一〇時方向に敵出現、距離およそ八〇〇! 各車迎――」
 だが、彼に最後まで声を発する余裕はなかった。


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