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被害担任者(終話)


一九九九年四月二六日(月) 〇六〇五時
   五一二一小隊司令室

「……はぁ?」
 小隊司令室に間抜けな声が響いた。
 朝早くから呼ばれた滝川は赤い目のままふらふらと出頭していたのだが、ここでいきなり冷水をぶっかけられたかのように精神が覚醒した。
「ええっと、その……なんかの冗談じゃないすよね? 速水たちが……絶対安静?」
「冗談であなたを呼び出すほど、私も暇ではないですよ」
 善行は、明らかに疲労の浮かんだ顔に小さく苦笑を浮かべた。眼鏡の奥がどう思っているかは分からない。
 善行は、昨夜原にしてみせた「説明」をもう一回繰り返す。
「……そういったわけで、現時点で動ける士魂号はあなたの二番機ただ一機となりました。そして、パイロットも」
 滝川の喉が大きく鳴った。
「総司令部は近々、熊本市以南からの市民の脱出を援護するために反抗作戦を計画しています。われわれはその主力として投入されます。……貴官の働きに期待します」
 滝川の全身に大きな震えが走り、それはなかなか収まりそうになかった。声を出そうにも口をパクパクするばかりで、かろうじて敬礼はしたものの、とても一本の腕には見えなかった。
 滝川が出て行った後、善行は小さなため息をついた。
「……我ながららしくないな。もっとも、これが最後ではない、か……」
 善行は、自ら内線電話を取り上げると、二言三言呟いてから受話器を置いた。

 原が現れたのは約五分後のことだった。
「話って……何よ?」
 結末を半ば予想したのか、原が不機嫌な声で応じると、善行は表情を消したまま、司令官の表情で命令した。
「二番機、ならびに三番機の整備班を解隊・再編し、二番機に集中してください。その中で発生した余剰人員は……」
「どうするの?」
「……全員、スカウトに編入します」
 重い沈黙が落ちた。
 原はしばしの間微動だにしなかったが、やがて腹の底から絞り出すような声で「了解しました」とだけ答えると、足早に小隊司令室を立ち去った。
 怒りに任せた歩調で、原はハンガーに向けて歩き続けた。
 はっきり言って滅茶苦茶だった。できることならば「そんな莫迦な事は出来ない」と声を大にして叫びたかった。
 だが、彼女も副司令を拝命している以上、今のままでは戦力が全く足りないということも理解している。そして士魂号が使えない今、戦力増強は人間によって賄うしかないということも。
 しかし。
 ――おかしいわよ。まったくどうかしてるわ!
 そう叫びかけ、それは自分も含めてだと思い直し、原は憮然とした表情になった。
 いつの間にか、頭の隅でメンバーの選出を進めている自分に気がついたのだ。

   ***

 滝川はいささかふらつく足取りのまま教室に入ると、自席にどさりと座り込んだ。まだ体の震えが収まらない。
 彼は震える手で頭を抱え込んだ。
 反抗作戦、主力、働きに期待――。
先ほどの善行の言葉が頭の中を駆け巡る。
――なんだよ、何で俺なんだよ?
先ほど、小隊司令室で叫び出さなかったのか、滝川は不思議でならなかった。自分に期待などとどうかしている、実力は知っているはずなのに、そう思った。
滝川はのろのろと頭を上げ、教室をゆっくりと見回した。
すでにまともに授業が行なえる状況でもなく、黒板にはでかでかと「本日自習」の文字が大きく書かれている。だが、それで人がいないのを差し引いたとしても、室内は妙に閑散とした雰囲気を放っていた。
そんななか、やけに華やかな色彩が目に飛び込んできた。
机の上に置かれた花だった。このご時世だけにむろん造花だが、それだけに色合いもあせず、悲しいほどに際立たせている。
そんな造花が教室のあちこちに置かれていた。
何かに耐え切れなくなった滝川は、わななくような息を吐き、天を仰いだ。
彼自身予想していたこととはいえ、速水と舞の戦線離脱はそれだけ彼にとっては大きなショックだったのだ。彼らと共にいて、彼らの指示を受けて動いてこそ自分はどうにか生き延びてこられた。滝川はそう思っていた。
それは、まったくの現実である。それだけに彼らの不在はまるで地が崩れたかのような感覚を滝川に味あわせていた。
――莫迦野郎、冗談じゃねえや!
と、ふと視線を感じて窓のほうを振り向くと、ちょうど二組から出てきた整備班の面々が通り過ぎていくところだった。
彼ら、彼女らは滝川の視線に気がつくと、あわてて目をそらして足早に走りすぎていった。
滝川は憮然とした表情を浮かべた。
逃げられたことに怒ったではない、今の目の中にあるすがるような期待に気がついてしまったからだ。
彼は今度は組んだ手にあごを乗せて、じっと黒板を見つめていた。脳内の今までと違う部分が活動を始める。
どんなに泣き喚いても、今この小隊で動ける士魂号は、ボロボロではあっても何とか起動できる彼の一機だけだ。これは間違いない。
そして、今動ける小隊メンバーの中で士魂徽章授与者はいなくもないが、その中で人型戦車に一番慣れている――というよりまともに動かせるのは彼しかいないのだ。
予備機などとうに使い果たし、補充のあてはなおさらない。
 結論など、算術を使うまでもなく一つしかなかった。
 それは、分かっているのだ。
 それでも、滝川にはそれはどうにも分の悪い賭けであるようにしか思えなかった。
「俺たちが動かなくったって、他にも部隊なんて一杯いるじゃねえか、何でそいつらが動かねえんだよ?」
 文句を言ってみても、大体の理由も想像がついた。
 他の部隊がそれだけひどいのだ。
 頭の中に浮かんでくるろくでもない結果に、滝川は乱暴に席を立った。

 太陽がすっかり隠れたころ、滝川は自らの愛機の前でいまだ悩み続けていた。
 彼の手の中にはパイロット専用の特別食があったが、ほとんど手はつけられていなかった。
 己になにができるのか、なにを成すべきなのか。頭の中で渦を巻く。
 ――死にたくない、怖い。嫌だ、もう出たくない! ……だけど、俺しかいないのなら、どうしてもやらなければいけないのなら……。
「莫迦だよな、俺って。こんなことをうじうじ考えたって、答えなんて分かりきってるじゃねえか……」
 滝川はのろのろと顔を上げ、愛機を見上げた。
 士魂号軽装甲型、軽量さによる機動力と積載荷重の大きさで、九二ミリライフルと共に戦場を駆けてきた相棒。
 だが、今滝川の脳裏に浮かんだプランにとって、その姿はまったくそぐわなかった。
 滝川は、士魂号の装甲板をいとおしそうに撫でると、ぼそりと呟いた。
「流星号……。お前のスタイル、俺は結構好きだったんだけどな……悪りぃけど、ちょっと変えさせてもらうぜ」

   ***

一九九九年四月二七日(火) 〇九三〇時
   五一二一小隊ハンガー

 さすがにやや落ち着きを取り戻してきたとはいえ、相変わらず騒々しいハンガーの中を、滝川は比較的しっかりとした足取りで歩いていた。
 いつもとどことなく違う雰囲気をたたえた彼の姿に、すれ違った整備士たちは思わず手を止め、彼のほうを振り返る。
 滝川はそんなものなどまったく無視しながら――というより気がつく余裕もなく――目的地に向かう。
 原はいつもの通りきびきびした動作で整備士たちに指示を下していたが、例の人選もあわせて考えていたせいか、背後に気配が立つのに気がつくのがちょっと遅れた。
「……整備班長?」
「えっ? ああ、なんだ滝川君じゃない。どうしたのよ?」
「ちょっと、お話があるんすけど。……これを」
 滝川は手にしていたメモを差し出した。
「……?」
 いささか気をとられていたせいか、原は素直にメモを受け取ると何気なく目を通し始めたが、数秒もしないうちに目が驚きに見開かれた。
「ちょっと、滝川君! これってどういうことよ!? 士魂号を改造するって……、しかも軽装型から重装甲型へ!?」
 思わず周囲が振り返るほどの大声を上げた原だが、それも無理はない。これでは自らの戦術を完全に否定しているに等しかった。
「しかも武装の大幅強化って……。あなた正気なの? 九二ミリライフルを二基も背負ったら、これじゃあろくに動けないじゃない! 無茶よ!」
「それで、いいんですよ」
「え?」
 気勢をそがれる形になった原が思わず見返すと、滝川は足などまともに定まらぬありさまながら、震える声で、しかしはっきりと己の考えを述べ始めた。
 彼の採用した戦法は、ある意味士魂号を移動トーチカと大差ない。あるいは被害担任機と評すべきであったかもしれなかった。
 かつて第二次防衛戦時、戦力的に劣勢だった幕府海軍は、艦隊の中に予め敵をひきつける囮の艦を指定し、それに敵戦力を誘引することで被害を局限しようとしたことがあった。
 その「囮」が被害担任艦と呼ばれ、時には主力であるべき戦艦や大型空母などがその役目を務めたという。
 捧げられるべき生贄は、敵の目を引き付けるために魅力的である必要があったからだ。
 士魂号は、戦力の中枢という意味で充分役目を果たしうる。
 滝川は、己をこの役に当てはめることで、自由に動けるスカウトたちを援護することに決めたのだ。
「多分、幻獣の目が俺の方に向けば、その分他のみんなは楽に動けると思うんですよ。お、俺って頭いいでしょ?」
「……」
 もちろん滝川にも、こんな使い方は士魂号の設計思想からすれば滅茶苦茶だということぐらいは分かっていた。
 士魂号は機動力こそが戦力の全てと言っていい。ひどい言い方をすれば、それ以外は全てつけたしなのだ。
 いかな座学をサボり倒していたとはいえ、実戦はそれ以上の教訓を彼に与えていた。それをおぼつかない手ではあっても少しは活かせる程度には彼も経験をつんでいる。
 だが彼は、己の技能と気性を考え、これしか方法がないことに気がついていた。
「俺には速水たちみたいな腕はねぇ、壬生屋みたいに敵に突っ込んでいく勇気もねえ。先輩みたいに命を的に戦うことも出来ねえ……。ならば、せめて動けなくても役に立つようにするしか道はねえんだ」
「滝川君、あなた……」
 傍らにいた森は二の句が継げなかった。それは周囲の整備士たちも同様である。
 いかに暢気に過ごしていたとしても、軍隊の中で過ごしていれば自然に身についてくるものもある。
 いかに効率よく戦力を用いて、目的を達成するか。
 言い換えれば――いかに効率よく味方を殺すか。
 滝川はその「味方」から自分を外すことはできなかった。自らもって任じるほどの臆病とはいえ、戦友たちが出撃するというのにのほほんとしているほどの厚顔さもまた持ち合わせてはいなかったのだ。
「そんなわけで、たのんます」
 それだけ言うと、滝川は後ろも見ずにその場を立ち去ると、プログラムを目的に沿うように変更するためにコックピットへと取り付いた。
 己の中にいつの間にか生まれていた軍隊的思考を心の底から嫌悪しつつ、滝川は手を震えさせながらも黙々と準備をすすめていった。

 それは、ある意味自分の葬式を準備するにも等しかった。

 その話を聴いた時の反応は、善行も似たり寄ったりのところだったが、彼はそれに対して許可を出さざるを得なかった。
 軍隊は壮大な殺し合いのための組織であり、その存在意義は自らの損害を許容しつつ、それでもなお敵に勝利することにある。
 そのためならありとあらゆる無理・無茶・無謀――通常なら狂気と呼ばれるものが平然と許容され、実行されるのだ。
 善行はその愚かしさを知りつつも、今の小隊の置かれている状況から、その中に辛うじて最低限度の合理性を含んでいるこのプランを認めざるを得なかった。
「いいでしょう。この案を採用します」
「……本当にいいのね?」
 確認するような原の口調に、善行は小さく頷いた。
「むしろ他に選択肢はないといっていい。直ちに取り掛かってください」
「……了解」
 原が出て行くと、善行は大きく息をついた。
「……僕も、兵を無駄死にさせるあの愚か者の仲間入りをしたということですか……。いや、そうじゃない、既に足を踏み入れていたのに今気がついただけか。部隊の半数を死なせているというのに、な……。被害担任機か……、ばかな!」
 善行は、忌々しげに手にした書類を机に叩きつけた。
 それは、以前届いた速水と舞の死亡診断書であった。

 そのころ滝川は、独りになったハンガーの中で調整を続けていたが、ふと背後に気配を感じて振り向いた。
「ようちゃん……」
「な、なんだ東原じゃねえか、……どうした?」
 ののみは目に涙をためたまま、それ以上何も言わなかった。それはまるでこれから起こることを予期しているかのようであった。
「……なんだよ、そんな悲しそうな顔すんじゃねえよ。な? 終わったら、遊園地にでも行こうな」
「う、うん……ふ、ふえええ……」
「ほら、泣くなってばよ……」
 滝川は、自分の声も泣き声になっていることに気がついていなかった。

   ***

一九九九年四月二九日(木) 一五四〇時
   八代戦区

『五一二一小隊、前へ!』
 レシーバーからの声と共に、重装甲・重武装型に改装なった二番機はゆっくりと足を踏み出した。かつてと比べれば兎と亀といったところだが、これはまあ仕方がない。
 その周囲でスカウトがおのおのの持ち場に散っていくのが目に入った。士魂号に付き従うスカウトは四名だった。
 スカウトたちの姿を見ながら、滝川は出撃前のことをぼんやりと思い出していた。

「俺ぁ別にいいぜ。ここで死ねって言うんなら死んでやらあ。その前に思いっきり暴れてダチの敵を存分に討ってやる。……ダチのところへも行けるかもな。ハハハッ!」
 いささかヒステリック気味な、絶叫に近い田代の叫びに答える者はいなかった。来須と、新たにスカウトに選抜された岩田は黙ったまま装備を確認している。
 滝川も黙々と準備を進めていたが、ふと傍らに人が立つ気配を感じで顔を上げた。
 森だった。彼女も手にアサルトライフルを提げている。
「あ、あなただけが頼りなんだから、頑張ってくださいよ」
 震える声で、しかし、はっきりと森は言い切った。顔色はひどく悪いが、そこに何とか無理やり笑顔を浮かべようとしているのが見える。
「……お前さ、なんでわざわざ出る気になったんだ?」
 滝川は、スカウト選考のときに森がわざわざ志願したことを知っていたのだ。本来なら残るはずなのに、どうしてそんなことをしたのか知りたかった。
「私は整備士です」
 意外な返事に、滝川は首をかしげた。
「いや、だから別に出なくったっていいんじゃねえか。なんでだよ?」
 言葉が足りないと思ったのか、森は慌てて言葉を継いだ。
「あ、つまりですね、自分が整備したものには最大限の責任を負う義務がある、そう思っています。でも、私は班長みたいな技能もありません。それに、今回は万全の整備なんて、とても……。だから、私にできるのは最後まであなたを――士魂号を見届けることしかないんです……」
 滝川はしばしあいた口がふさがらなかった。森は莫迦にされたのかと思い、微かに顔を赤くする。
「……どうせ、何を莫迦なことをとか思ってるんでしょう? いいんです、莫迦なのは分かっていますから」
「い、いや違う、そんなんじゃなくて……。偉ぇよ、お前は」
 森はきっと眉を吊り上げて滝川を睨みつけたが、すぐにその表情がかすかに困惑の混じったものに変わった。滝川の顔は泣き笑いというにも複雑なものに成り果てていたからだ。
 ――なんだよ、ここにも俺がいやがった。
 正直に言えば、森のやってることは莫迦の極みだと思っていた。愚考だと罵りたくさえあった。何を好き好んで命を無駄にするのかと泣き喚き、怒鳴りつけてやりたかった。
 だが、彼にはその考えを否定することはできない。いや、はっきりと理解と共感を感じていたのだ。
 ――無理に死ぬこともねぇだろうに……。
 そこまで考えて、彼女が必ず死ぬと決め付けてしまった自分が、やけに腹立たしかった。むしろそれは……。
「あの、どうしたんですか? ぼーっとしちゃって……」
 小さな声が耳を打ち、滝川はいつのまにか俯いていた顔を上げた。森は、もう怒ってはいなかった。むしろ、彼を怒らせてしまったのかと恐る恐る覗き込んでいる。
「あっ、いっ、いやっ、なんでもねえ! ……あー、その、なんだ。頑張って、戻ってこようぜ。お互いによ」
 滝川の表情に迷いはなかった。
 守らねば、今は素直にそう思う。
 スカウトを、小隊のみんなを。たとえ能力は他に及ばずとも、鋼鉄の侍を操る者として、自分が。
「帰ってこようぜ、みんなで、よ」
「……ええ、そうですね」
 森も、思うところはいろいろあったに違いないが、浮かべた微笑は素直なものだった。
 ふたりは、軽く敬礼を交わすとそれぞれの持ち場に戻っていく。
 
 それが、二人が直接言葉を交わした最後だった。

   ***

 戦場に到着した士魂号は、前線中央まで前進すると傍らに予備の九二ミリライフルを置き、どっかりとその場に腰をすえて盛大に射撃をし始めた。
「おらおらぁっ! 手前らの相手はこっちだ!」
 射界は狭いが射程は長いライフル弾は、遠慮なく射程外から小型幻獣を叩き潰していき、やがてそれに周囲の幻獣が反応し始めた。
 ――来やがった。
 滝川はトリガーを引きながら生唾を飲み込んだ。いよいよこれから己を的とした戦いが始まるのだ。
急に恐怖感が蘇り、股間が痛いほどに縮み上がっているのを自覚していた。同時にそこが生温かく濡れる。
 いつもどおりの反応に、滝川は少しだけ安心した。

 戦闘は比較的楽だった。
 すべての射線にさらされた二番機はひどいことにはなっていたが、重装甲が幸いして致命的なダメージはいまだ受けていなかった。そこを周囲に展開したスカウトたちが射撃の心配なしに一体、また一体と討ち取っていく。
 これならば余計な心配は必要なかったのではないか、そう思えるほどに。
 しかし、そこから小隊は急転直下に地獄に突き落とされる。
 五一二一はまだしも、一緒に出撃していたのはつい最近になって実戦配備となった急造小隊だった。
 ろくな戦術機動すら取れずにまごついていた彼らは、横合いから襲いかかられてあっという間に後退を開始してしまったのだ。
 五一二一小隊に警告することもなく、置き去りにして。

突如レーザーが田代に襲いかかり、右腕に痛みが走る。
 焼け火箸に刺し貫かれたような痛みを感じて田代は右腕を見て――その場に呆然と立ちすくんだ。
「な……」
 己の右腕があったはずの場所にある焼かれた傷口が開き、血が噴水のように噴出していく。
彼女の右腕は、ひじから先が弾け飛んでいた。
レーザーの破壊力と、それによって熱せられた体内の水分が急激に膨張し、爆発したのだ。レーザーメスとは訳が違う。
「何だよこりゃあ!? ふざけんな、俺はまだ、奴らを……!!」
 だが、それ以上の言葉をなす前にレーザーの第二撃が腹部に着弾、内臓をはじけさせながら貫通していった。
「あ……」
 かろうじて残った胸から上が地面に転げ落ち、たちまちあたりを赤く染めていく。ふたつに分かれた体をかろうじてつなぎとめていたのは、わずかに脈動する赤黒い紐のような腸だけだった。
 それでも下半身はしばし立っていたが、焼け焦げた傷口からもやがて血が吹き出し、上半身の後を追うようにどうと倒れ込んだ。
 田代はなおも叫ぼうとしたが、すでに声は出なかった。
「う……うぁ……」
 ――嘘だろ? まだ俺はなにも、なにも出来てねえよ。敵をぶっ殺すのも、ダチの仇をとるのも……。冗談じゃねえ! 動けよ、俺の体!
 だが、朦朧としつつも繰り広げられる必死の抵抗に体が応えることはなかった。視界が急に暗くなっていく。
 ひどく寒かった。
 ――はは、ここまでか……。すまねえ、みんな。俺も……そっちに……行くぜ。
 田代は急速に暗黒に包まれながら辛うじてそれだけを思ったが、結局何も言葉になし得ないうちにすべてが暗転した。

「くそっ! 逃げるなら一言こっちにも言えってんだ!!」
 滝川は味方を罵りながら慌てて射線を変更するが、二番機にも次々着弾、盛大な火柱が上がった。
 膝が崩れそうになるのを辛うじて堪え、九二ミリライフルを乱射する。
「このくらいで、くたばってたまるか!」

 二番機の側方に回りこみつつあったゴブリンを迎え撃っていた岩田が乱戦の中、ゴブリンリーダーのトマホークを腹部に受けた。
「ぐうっ!! これは、なかなかヘヴィなご挨拶で……」
 それでも彼は流れるような動作でアサルトライフルを押し付けるように突きつけると、遅滞ない動作でトリガーを引き絞った。
 一二・七ミリの完全被帽弾が唸りを上げて襲いかかり、ゴブリンリーダーをただの肉片にと変えてしまった。勢いあまって転がった死体はたちまち霧散していく。
「後腐れのないのがいいところですか……ね」
 だが、岩田の軽口もそこまでだった。彼はライフルを取り落とすと、その場に倒れ伏した。傷口に手を当ててみると、ぬるりとした真紅の液体が手を染め上げた。
「内蔵までやられてますね、これは……グフッ!!」
 同時に熱い塊がのどの奥からこみ上げ、口から吹き出た。大量の鮮血が滝のようにこぼれ、ウォードレスの胸元をまだらに染めていく。
「やれやれ、これは意外に気持ちの悪いものだ。こういうのは趣味じゃないんですがねぇ……」
 急にぽっかりと静かになってしまった戦場で、岩田はぼんやりとそんなことを考えていた。
 すでに、下半身の感覚はない。
「終わりですかね……。まあ、いい。彼女がいなくなってしまった時から今回の終わりは見えていたんですから、それもまたいいでしょう」
 あの日、指揮者の銃座に首のないまま、それでも座り込んでいた彼女の体を抱いて岩田は無表情のまま立ち尽くし――周囲に散らばった彼女の顔であったものを、まるで聖杯でも扱うかのような丁寧さでひとつひとつ集めていった。
 彼は遺体を誰にも触らせず、ひとりで荼毘にふした。
 その時から、彼にとって時間とは、まったく意味のないものとなっていた。
「また……やり直しですか。遠く時の輪の巡るその果てまで、ずっと……。いつか、光は見えるのだろうか?」
 分からなかった。
 だが、またきっと彼女には――萌には会える。岩田はそれがなんとなく嬉しかった。
 遠くで、花火を複数まとめて撃ちだしたような音が響いた。そちらに目を向けると、ゴルゴーンが背中のロケット弾をいっせいに発射したところであった。岩田はそれをまったく無感動に眺めていた。
 ロケットやミサイルで注意しなければならないのは、それがどのような形に見えるかである。円筒、あるいはそれに近い形なら当面の脅威ではない。最も恐れるべきは炎の輪をかぶった真円に見えることだ。それはまさに自分に向かってくることを意味していたからだ。ロケット弾のうちの一発が、まさに岩田から見てそうだった。
「ほう、あれが私の死ですか……」
 死生を超越したような、穏やかな声だった。岩田にとってはこの世界のすべてがすでにどうでも良かったのだ。
 ――次こそは、光あらんことを。
 円――正確にはあちこち凸凹があるが――が奇怪な声と共に大きく迫ってきた時も、彼の心はまったく穏やかだった。

 岩田裕のこの世界における人生が終了したのは、その二秒後のことだった。

   ***

 ロケット弾が襲ったのは岩田だけではなかった。
「あっ……!?」
 恐怖に体がすくんだ森は、ロケット弾の至近弾の余波をまともに受けた。ものすごい轟音に打ち倒されるように、森は地べたに叩きつけられた。両足がしびれてしまい、全く感覚がない。
 鼓膜が再び機能を取り戻した。
「あ、う……。な、なんとか避けられ……ひっ!?」
 何とか身を起こそうとした森は、そこで始めて己の異変に気がついた。
先ほどのミサイルは、森から両足を奪い去っていたのだ。
 本来足のあるはずのところには、まるで糸くずが絡まりあったようにはじけた筋肉が醜い傷をさらし、血が滝のように噴き出している。視界の端ギリギリに、ウォードレスの足首らしいものが一本転がっていた。
「あ、足がないっ!? 私の、私の足が……!!」
 顔を引きつらせながら、森は甲高い声を張り上げた。思考が急速に焦げ付いていく。
 ――に、逃げなきゃ。ともかくここから……!
 それでも兵士の本能として――あるいは単に人間としての生存本能か――体勢を立て直すべく、彼女は両手ではいずり始めた。そのあとに血が複雑な文様を描いていく。
「い、嫌だ。私は帰らなきゃ。一緒に帰るって、必ず戻るって約束したんだからぁ……」
 既に彼女からは止血をするだけの余裕すら失われていたが、本人はそれに気がついていない。
 青白くなりつつある顔を涙でびしょびしょにぬらしながら、残っているかもしれない生への可能性に向けて、森はわずかずつ移動を繰り返していった。
 だが、本来なら彼女は手近なクレーターにでも飛び込むべきだったかもしれない。よほど集中攻撃を受けているならともかく、普通戦場において一度着弾した場所にもう一回弾が飛び込む可能性は限りなくゼロに近いからだ。
皮肉なことに、己の足を吹き飛ばした現場が最も「安全」な場所たりえたかもしれないのである。
 だが、現実には彼女は這い出てしまった。
 それに、結局のところは大した違いはなかったのかもしれない。
 急に薄暗くなった事に気づいた森が見たのは、間近に立つミノタウロスの影であった。
「い……嫌……」
 舌が張り付いたかのように動かない。頭の中が白く漂白され、何も考えられなくなる。
 森は己が失禁していることにすら気づいていなかった。
 ミノタウロスは真紅の瞳を森に向けると、左足をゆっくりと上げた――
「いやあああああああっ!!」
 声が途切れるのと、熟れ過ぎた果実が潰れるような音が響き渡ったのはほぼ同時だった。

 幻獣が立ち去ったあとに残っていたのは、ウォードレスの残骸らしきガラクタと、ぶちまかれたように広がった、あらゆる赤系統・白系統の色が入り混じったペースト状の物体だけだった。

   ***

 森の叫びを聞くことがなかったのは、滝川にとって幸運だったのだろうか。
 少なくとも彼はいまだ戦意を維持していた。
「先輩っ! 後退してください、こいつで援護します!」
コックピット付近にも被弾し、半分以上のワーニングランプが激しく点灯する中、額から血を流しつつ滝川が叫ぶ。
『……お前こそ下がれ、もう限界のはずだ』
 本当にこの戦場で出しているのかと思うほどに冷静な来須の声がスピーカーから流れ出た。同時に四〇ミリ高射機関砲の射撃音が響いてくる。
「まずいっすよ! そこじゃ敵に狙い撃ちです!」
『……ここを取られたら味方が困る。これから援護』
 轟音と共に通信が途切れる。先ほどまで来須がいたはずの位置からは黒煙が上がっていた。
「先輩? もしもし、先輩っ!? ……くっそおおぉ!」
 滝川は士魂号を立ち上がらせる。たちまち数箇所が被弾するが、彼は止めようとは思わなかった。
『二番機、無茶だ、後退しなさい! 今より支援攻撃を……』
「だめだっ!!」
 必死に呼びかける声を遮るように滝川が叫んだ。
「先輩の言った通りだ。ここを抜かれたらひとたまりもない。指揮車、二番機は防御戦闘を継続します」
『滝川君!』
「……ひとつ、いいですか?」
 滝川は戦場にいるとは思えないほどの穏やかな声で言った。
「速水と芝村に伝えてください。後は任せた、ってね」
 ――もう、彼らはいないんだ!
 善行は叫びだしたい衝動を必死に堪えていた。滝川が指摘したことは事実でもあるし、そして彼らはいまだ後退は許されなかった。
 皮肉にも、移動不可能に近い二番機がいまだ十分な戦闘能力を持つゆえに。
「……分かりました。必ず、伝えます」
 肺腑を抉るような声で、善行はそれだけ言った。
『よろしく、たのんます。……目標、ミノタウロス! 二番機、前へぇっ!!』
 それが、滝川からの最後の通信となった。

   ***

歴史考察
 一九九九年五月一〇日。

 残存七名となった第五一二一独立対戦車小隊は、部隊要員の大部分を失い、戦闘継続が困難になったことを理由に軍令部により解散を命じられた。

 五一二一小隊の物語はここに終わったのである。

 生き残った数少ないメンバーは他部隊に移籍し、その後の彼らの運命を知るものはいない。

【最終生存者リスト】
 小隊指揮車
  小隊司令   善行 忠孝
  ドライバー  加藤 祭
  オペレーター 東原 ののみ
  オペレーター 遠坂 圭吾
 整備班
  整備班長   原  素子
  二番機整備士 ヨーコ小杉
  二番機整備士 茜  大介

   ***

 滝川の、そして小隊の判断が正しかったのかどうか、今は誰にも分からない。軍隊は国益に関して責任を負う立場上、同時代の人間がことの是非を簡単に明らかにすることは難しい。すべての判断は遠い未来、この物語が歴史になったころに初めて下されるものであろう。
 彼らは時の彼方へと消え去ってしまったが、その影で間違いなく彼らに命を助けられたであろう、数多くの者たちがいたこともまた疑いない事実だからである。
 ただ、ひとついえるのは、彼らは極限状態の中、己と向き合い、理性と狂気のせめぎあう中でそれに打ち勝つべく全力を尽くしたということである。
 彼らはやはり、弱者を守る強き楯であったのだ。
(おわり)


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