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その1


 どんよりとたれこめた曇り空、戦場としては全くありがたくない天候だ。
 地上には動くものの影もなく、ただ瓦礫や崩れかけた建物の残骸などが沈黙のうちに横たわっていた。
 いや。
 闇に溶け込むようにして蠢く奇怪な影、そして怪しく輝く赤い瞳。

 幻獣。

 それらは何かを探すようにゆっくりと動いていたが、やがて視線がある一点に集中する。
 と、突然、大質量の塊が壁をぶち抜くようにして飛び出し、かつては道路だったはずのところを疾走していった。
 箱型の都市迷彩型車体。
 6輪駆動の巨大なタイヤ。
 車体上部にでんと据えられた25mm機関砲とアンテナ群。
 そしてなにより、車体横に白地で描かれた「5121ATP」と「62th THS」の文字がこの車両が生徒会連合第5121独立対戦車小隊の指揮車であることを主張していた。だがその車体は黒くすすけ、車体前面左側は明らかに破損していた。
 先ほどまでの静けさが嘘のように周囲に満ちる戦場音楽。指揮車の周囲に次々にレーザーや生体ミサイルが着弾する。25mm機関砲の銃座が旋回し高速炸裂弾を辺りにばら撒いているがはかばかしい戦果はあがっていない。
 それでも集中して注がれる膨大な火力を紙一重の差でかわしながら――それがかならずしも技量によるものではないにせよ――ひたすら友軍との合流を果たすべく疾走を続けている。
 もっとも、事務官にしてドライバーである加藤十翼長は、さっきからずっと周囲に向けて怨嗟の声を上げていたが。
「くっそ〜! 幻獣ども、頼むからこれ以上ついてこんで〜!! 速水君、舞ちゃん、タッキー、未央ちゃん! あんたら一体どこにいるんや! うちらの状況わかってんのならさっさと助けにこんか〜!」
 しかし、その声を聞くものは今のところ誰もいなかった。応えるのは幻獣の攻撃のみ。
「ついてくるな〜!!」
 加藤の声だけが空しく響く。

   ***

 4月中旬、一時期は幻獣の大量発生によって全軍の18%に及ぶ損害をこうむり崩壊するかと思われた戦線も、たった1個小隊――5121小隊の信じがたいほどの活躍により、九州中部戦線の戦況は「辛うじて」から「明らかに」人類側有利へと傾いてきていた。
 おかげで彼らは一時期まさに「不眠不休」の生きた見本のような生活を強いられてきたが、そのかいはあった、というべきだろう。だから、昼休みに彼らがプレハブ校舎の屋上でのんびりと昼食を取ることができているのも、その報酬であった、とも言えなくもない。
「あーっ、ええ天気や。戦争をしてることなんか忘れてしまいそうやな……」
 そう言いながら本当に伸びをして見せているのは、5121小隊が誇る敏腕事務官にして指揮車操縦士、加藤祭であった。トレードマークのおはね髪が陽光にきらめいている。
「そうだね、こんなにゆっくり昼ご飯を食べるなんて何日ぶりだろうね?」
 タコさんウインナーをつまみつつ答えたのは速水。士魂号複座型(3番機)を操りここ数日で奇跡的な撃墜数を記録し、アルガナ勲章受賞間違いなしといわれている小隊きってのエースパイロットだが、普段は春風が服着て歩いているような印象を受ける少年だった。今も過去の例から大きく外れることない表情で弁当をぱくついている。
「これなら今日は出撃はないかな?」
「たわけ、何を甘いことを言っておる。こういう時こそ次に備えねばならぬのであろうが」
 ややきつい声で答えたのは芝村舞。速水と同じく3番機のガンナーであり、速水の恋人でもある。とはいっても周囲からみればなんとも初々しくて、そこがまた微笑ましく、かつからかいのネタになっていることを少なくとも彼女は知らない。
 だが、今の彼女は眉間に皺を寄せ、不機嫌そのものといった表情で速水と、そして加藤を睨みつけている。
「んー? まあ、そうだけどさ。そんなに気を張り詰めていたら肝心なときにばてちゃうよ?」
 そんな雰囲気を知ってか知らずか、速水が相変わらずぽややんとした表情のまま話し掛ける。
「そーそー! でな、ものは相談なんやけど、今度の日曜日遊びにいかへん?」
 それに乗るかのように加藤が「遊びに行こう」提案を持ちかけてきた。舞の眉間の皺が一層深くなる。
 だが次の瞬間には、その視線はどことなく不安そうに速水に向けられていた。
「あ……ごめん。日曜日は先約があるんだ」
 速水は舞にちらりと視線を向けるとすまなそうにそう答えた。
「あ、そ。先約じゃしゃあないわな」
 そう言いながら彼女は舞に視線を向ける。舞の顔がたちまち赤くなってきた。
「ななななんだ? 祭よ、何故こちらを見て笑う? べ、別にそなたが考えるような事は何もないぞ?」
 ……とっくに墓穴を掘っていることには気がついていないらしい。
 加藤はただニヤニヤとしたまま舞を見つめている。
 舞が更に何か言い募ろうとしたとき、階段の方から呼び声が聞こえた。
「おーい、速水? 昼休みのうちに買い出ししとかなきゃいけないんだろ? そんなところで両手に花やってないでさっさと行こうぜ!」
 顔を出したのは瀬戸口だった。手すりに持たれかかるようにして面白そうに速水たちを見ていた。
「あ、そうだ! ごめん、今行くから! じゃ、悪いけどちょっと行ってくるね」
 弁当箱を手早く片付けながら、速水は2人に軽く手を振って階下へと消えていった。瀬戸口も手をひらひらと振るとその後に続いていった。
「いややわあ、瀬戸口君たらなに言うんや」
 加藤はそんなことをいいながら速水に手を振り返した。
 しばし沈黙が流れる。
「……祭よ」
 ややあって、舞がポツリと言った。
「ん、なんや?」
「さっきのはどういうつもりだ?」
「さっきの、って?」
「あつ……は、速水に言ったことだ!」
 声に多少怒りが混じる。
 ――あちゃあ、勘違いしとるわ。あれは舞ちゃんも一緒のつもりやったんやけどな。
 加藤は内心でまずいと思いつつ、何食わぬ顔で応える。
「ああ、あれがどうかしたん?」
「そ、それは……」
 舞の表情から怒りが消え、どことなく哀しげな表情が浮かんできた。少し俯き加減になってしまい、手はキュロットのすそを握り締めている。
「ひょっとして……、焼きもちやいてるん?」
「なっ!!」
 慌てて舞が顔を上げると、そこには真剣な加藤の表情があった。思わず言葉に詰まる。
「うちな、速水君の事好きやで」
「!!」
 舞は、心臓が一拍打ち損なうのを確かに感じた。
「……友達としてな」
 加藤が悪戯っぽく付け加える。舞は思わず安堵の表情になりそうなのを堪えて加藤を睨みつけるが、はなはだ迫力に欠けていた。こんなときは年相応というか子供っぽいといっていいような表情が浮かぶ。
 ――ああもう、そんな表情されたらかなうわけないやんか。速水君がベタ惚れなのも当然やね。
「安心してや。うちは別に速水君を取ろうとかいうんやないんやから。いくらなんでも親友の恋人取るマネなんてできんわ。速水君は舞ちゃんのものや」
「な、なな何を言う。はは速水は物などではないぞ」
「速水君な、舞ちゃんにメロメロなんやで。そんなんわかってるんやろ?」
 このときの舞の顔は見物だった。このままいったら湯気を吹きそうなくらい(いや、既に吹いていたかもしれない)赤くなっていた。絶対完熟トマトに勝っている。
「自信もちいな、舞ちゃん! あんたとっても可愛いんやから!」
「そ、そんな、私がか、可愛いなどとは……」
「大丈夫やて! でもな、そんな心配ばっかりしてると誰かに取られてまうで? な、いつものスタイルでいなあかん!」
 そういって加藤は舞の肩をパンッと叩く。思わず舞も苦笑する。
「まったく……。芝村の肩を気安く叩く奴などそうはいないぞ? ……だが、そなたの忠言には感謝を。その……すまなかった」
「うんうん、いつもの顔に戻ってきたわ。別にかまへんよ! うちら親友やないの」
「……そうだな」
 舞がようやく常態に復しつつあるのを確認すると、加藤は言った。
「ほな、うちはこれで! これから書類を片付けないかんのや! はー全く難儀な商売やわ」
「そ、そうか……ではな」
 そういう舞に軽く手を振り返しながら階段を降りた。
 グランドから小隊司令室に行く途中で、加藤はつと立ち止まると屋上を振り返った。
「速水君は舞ちゃんのもの、か……」その口から呟きが洩れる。
 ――うちってなんで人の恋路の世話焼く事が多いんやろ?
 表情に少し翳りが加わる。
 ――自分のは全然うまくいかへんのに、な……。

「……しっかり捕まえとかんと、取ってまうで?」
 加藤は軽く頭を振ると、小隊司令室へと入っていった。

   ***

 その夜、2305時。
「201v1、201v1。兵員は直ちに作業を放棄、可能な限り速やかに教室に集合せよ。繰り返す……」
 全員の多目的結晶に背筋に震えをもたらすようなあの出撃命令が届いた。
 まだ書類整理を行っていた加藤は、警報が届いた瞬間に書類をひとまとめにすると小隊司令室を飛び出した。例えどんな事があってもこの書類は小隊の生命線でもある。あだやおろそかに扱うわけにはいかなかった。
 ウォードレスの着用を完了し、教室へ向かうとメンバーがじょじょに集まりつつあった。
「総員、出撃準備」
 善行の指示と共に自らの持ち場である指揮車へと向かう。指揮車はハンガー前で暖機運転の準備に入りつつあった。

 MTCT−520、B式戦域集中指揮車。
 最初から戦闘指揮車として開発された初のタイプで、開発期間短縮のため、士魂号L型と同じシャーシを使用しているため、指揮車にしては不必要なほどの装甲を保有しているが、エンジンもL型と同じ2000馬力ガスタービンエンジンを搭載しているので、この約20t弱の鋼鉄の塊は最高速度(不整地)毎時105kmを叩き出すことができる。
 この「鋼鉄の棺桶」に司令である善行以下5名が乗りこみ、5121小隊の文字通り頭脳として機能する。
「APU(補助電源装置)接続! 起動準備に入ります!」
「了解!」
 加藤は素早く前部のドライバーズ・ハッチから車内に潜りこむ。出撃前チェックの間はハッチは開きっぱなしだ。座席につくと、素早く周囲を見まわす。各種スイッチが規定位置になっている事を確認した上で予備スイッチを入れた。薄暗い車内にぼんやりと計器類の灯りが反射する。まだ車内照明はつけない。APUはさほど余裕があるわけではない。
「内部チェック開始。燃料、よし。操縦系、異常認めず。バッテリー、電力許容範囲内……」
 チェック項目を次々に読み上げる。
「通信チェック。あー、あー。聞こえまっか?」
『指揮車の通信を受信。感度良好、異常なし!』補給車からの応答だ。
「了解っと。スモークディスチャージャー、規定弾数装填確認。点火回路セルフチェック……OK!」
『外部視認チェック完了。異常なし!』
「了解。指揮車起動準備完了!」
 そのころ善行や瀬戸口たちもそれぞれ車内に入ってくる。
「司令、遅いでっせ! 指揮車起動準備完了です!」
「加藤さんはいつも速いですね……。指揮車起動準備完了を確認。エンジン点火後ナビゲーションシステムをチェック」
『了解(りょうかいなのよ)!』
 車体左前面の助手席に着席しながら声をかけた善行に対して、オペレーターの2人が歯切れのよい声で返答する。瀬戸口は車体左側の、ののみは右側のオペレーター席にそれぞれ着席した。
「石津さん、準備はいいですか?」
「配置……完了。銃座チェック……準備……よし」
 車体上部の銃座に陣取った石津が自らの持ち場である25mm機関砲のチェックに入る。いざとなればこの指揮車に備えられた唯一の槍となるだけに、完璧な動作が求められた。石津は文字通り黙々と、だが素早くチェックを行っていく。
「エンジン起動するで! APU出力最大、コンタクト!」
 そう言いながら、加藤は操縦席右に備えられたスタータースイッチを強く押しこんだ。

 ガオンッ……!!

 士魂号L型にも搭載されている2000馬力ガスタービンエンジンに命が吹き込まれ、高々と咆哮を上げた。静音化処理がなされているとはいえ、その排気音は威風あたりを払うばかりに響き渡る。
「エンジン起動。オペレーターのお2人はん、チェック開始してや!」
 2人はそれぞれ了解のサインを返すと、自らの持ち場のチェックに入る。
「今のところ異常無しや。ハッチ閉めるで!」
『了解! 気ばつけてな!』
 中村の声を聞きながら、加藤はハッチのハンドルを掴むと力任せに引っ張った。装甲の役割も果たすハッチが重々しい音を立てて閉まる。とたんにエンジン音が遮られ、車内には意外なくらいの静寂が訪れる。
『APU解除完了。点検ハッチ閉めます』
「了解。萌ちゃん、そっちの具合はどうや?」
『点検……完了。異常無い……わ』
 車体上部で銃座が素早く旋回する。やがて定位置に戻った。
「はいな。いつもの事やけど、いざというときには頼むで!」
『任……せて』
「オペレーターはんたちの方はどうや?」
「ああ、異常無し、いつでもいいぜ」「じゅんびかんりょーなのよ!」
 加藤は全てが問題無く完了した事を確認すると、
「車両長、出撃準備完了しました」と報告した。
 車内において、ドライバーである加藤は車両運営に関して全責任を負う格好になっている。もちろん小隊司令が車両長として最高位にいるわけだが、指令は小隊全体のことも考えなければならない。そこで、車両長が指揮車に対して命令を下すのは、決定的な局面に限られる。
 すなわち、全軍突撃のために前進するか、撤退のために後退するかの二つだ。あとは車両の進むべき大まかな方向を指示するぐらいしかない。
 例えて言うならば、車両長(司令)が総責任者で、ドライバーは現場責任者といったところである。
 報告を終えた加藤は、ヘッドセットをかぶると左手を可動式神経接続ソケット(操縦桿型ハンドルとの一体型)に差し込んだ。知覚範囲が急に広がり、赤外線映像処理された外界の様子が確認できるようになった。
 準備完了の報告を受けた善行は、各士魂号の状況を確認する。
 準備よし。
「5121小隊、出撃」
 善行の声と共に、加藤はギアを切り替えた。
(つづく)


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