前のページ | 次のページ
[目次へ戻る]

ねこねこたつ


 ここではない、どこかにある世界、にゃんだ〜ランド。
 この風薫り緑豊かな常春の世界では、たくさんの動物たちがいっしょに仲良く暮らしているのです。
 ほら、今日も彼らの楽しそうな声が……。
 これは、そんな彼らのお話なのです。



 コラボ劇場SS 第3回「ねこねこたつ」


 
 ここは、常春の国にゃんだ〜ランド。緑豊かな優しい風の吹く世界。
 ……なのではありますが。
 いくら常春の国とはいえ、やはり暑いときもあれば寒いときもあるわけでして。
 今日はどうやらそのうちの寒い日のようで、昼は太陽がやさしく輝いていてそれなりにぽかぽかしていたのですが、日が落ちて月が出るころには急に寒さが忍び寄り、肌をさすような風がそっと肌をなでていき、道行くものたちの首をすくめさせます。
 夜も更けていくにしたがって、雲ひとつないカキンと凍りついたような夜空に月がさえざえとかかり、青白い光を地面へと投げかけています。
 その光の中にシルエットで浮かび上がっているのは――
 そう、おなじみ猫はやみんのおうちです。窓からは外の寒さに抵抗するようにオレンジの光がかすかにもれています。
 となれば、中はさぞかし暖かいだろうと思えるのですが……ちょっと、様子が変ですね?
「……寒い」
 部屋の真ん中で、猫まいたんが小さく呟きました。
 確かに明かりはついているのですが、部屋の中は妙に寒々しさが漂っています。それもそのはず、この部屋には、暖をとるためのものがほとんどありません。
 部屋の隅にわずかに電気ストーブが赤々とともることで寒さに抵抗しているのですが、それはとても小さいものだったので、部屋全体を暖めるにはとても足りませんでした。
 だから、どうしても電気ストーブのそばへ近寄らざるを得ないわけで、猫まいたんはにじにじと近寄っていき、てをあぶるようにストーブへとかざします。
 でも、電気ストーブは向かい合ってるところは暖かいのですが、背中までは暖めてくれません。猫まいたんは背中の毛が逆立つのを感じました。
 ――これほど寒いのは、珍しいな。
 そんなことを考えていると、背後に何かが立つ気配がありました。
「?」
 何者かは猫まいたんが反応する間もなく、あっという間もなくぎゅーし始めるではありませんか!
「にゃにゃっ!? ア、アツシっ!?」
「大丈夫? こんなに背中の毛が逆立っちゃって……」
 ぎゅーしたのは猫はやみんでした。背中から抱きつくようにしながら心配そうに覗き込みます。猫まいたんは、間近に猫はやみんの青い瞳にのぞき込まれ、すっかりどぎまぎしてしまいました。
「ア、アツシ。そなたは寒くないのか? その……なにやらくっついてくるのは寒いせいではないのか?」
 猫まいたんは、背後を取られた悔しさと、抱きつかれた恥ずかしさから反論を試みますが、猫はやみんはそれこそどこ吹く風。
「ん? 僕は大丈夫だけど、マイが寒いといけないからね。これでもあったかいでしょ?」
 にっこりと微笑むと、さらりと答えます。
「む、ま、まあそうだが……」
 猫まいたんはむにゃむにゃと言葉をにごしてしまいました。
 猫はやみんが猫まいたんをぎゅーしながら話しかけるので、本当は恥ずかしくてたまらないのですが、確かに温かくはありましたので、あまり強くも言えません。
「し、しかし、そにゃたはそんな格好で、その、きつくはないのか?」
「僕は大丈夫って言ったでしょ? どうマイ、寒くはない?」
「う、うむ、大丈夫だ……」
 とはいうものの、本当は猫はやみんの柔らかな毛がさわさわと身体をなでるので、猫まいたんの心臓はどきどきしっぱなしでした。でも、本当はもう少しこのままでいたいとも思ったのは内緒です。
 ――しし、しかしこ、このままではッ……!
 そうです。温かくはなっても、このままでは猫まいたんの心臓のほうがもちません。
 それに、猫はやみんはやっぱり寒いわけですから、それも猫まいたんは心苦しいものがありました。
 ……でもね、猫まいたん? そんなこと、気にしなくてもいいみたいですよ?
 ――えへへ〜。あったか〜い。マイの毛ってやっぱふあふあでいいな〜。それにこれなら僕が堂々と抱きついても、ちゃんと理由があるから問題ないもんね〜。
 ……ほらね。
 猫はやみん、やっぱり策士です。
 ――な、何かいい方法は……。
 そんなこととは露知らず、どきどきと焦りと申し訳なさでぐるぐるしそうな頭を何とか動かして猫まいたんは必死に考え――あることを思い出しました。
「そうだ!」
「にゃっ!? ど、どうしたのマイ?」
 急に立ち上がった猫まいたんをびっくりしながら猫はやみんは見上げました。猫まいたんの目はきらきらと輝いています。
「アツシ、そなたはこたつを持っていたではないか! あれを出そう!」
「こ、こたつ……? あ、ああ、そうだね」
 ――ちぇ、気づいちゃった。
 そう、猫はやみんは以前こたつを買ったことはとうの昔に思い出していましたが、猫まいたんをぎゅーできるのが嬉しくて仕方なかったので、ずっと黙っていたのでした。
 ……策士?
「で、でもさ、もう夜も遅いし……明日出さない?」
「だが、あれは暖かいぞ? アツシもそのままでは寒かろう。あれなら一緒にぬくぬくできるのだぞ?」
「う、ん。そうなんだけど……」
 手をなかなか離したくない猫はやみんは、どうしたらこたつをあきらめさせることができるだろうかと思いかけ――猫まいたんと目があいました。
「!」
「いい考えだと、思ったのだがな……」
 なんということでしょう、猫まいたんは耳をパタリとしおれさせ、しゅんとなってしまったではありませんか!
 どうやら、猫はやみんが嫌がっているのが顔に出てしまっていたようです。
 次の瞬間、猫はやみんはスイッチが入ったかのようにしゃきっと立ち上がります!
 先ほどまでの表情は冗談だったとでもいうかのようなさわやかな笑みを浮かべ、舞のほうを向き直ります。
「い、いや、そんなことないよ、それはとってもいいアイデアだね!」
「そ、そうか?」
 猫まいたんが顔を上げて問いかけるのに、猫はやみんは力強く頷きます。
「そうだよ! じゃあ、すぐに出そうよ!」
 猫はやみんは、どんなことであれ猫まいたんを悲しませることだけはがまんがならなかったので、先ほどとはえらい違いで力強く宣言します。
 ……口調は微妙に棒読みなのが気になるところではありますが。
「うむ、まかせるがよい!」
 これで、2匹揃ってぬくぬくできると、猫まいたんはもう大張り切りです。
「さあ、何をしておる! 早くこたつを出すぞ!」
 言うが早いか、猫まいたんは押入れに向かって突進していきました。猫はやみんも慌てて追いかけます。
 ――もうちょっとぎゅーしていたかったんだけどなあ。ま、いいか。
 猫はやみんはちょっとだけ苦笑をすると、猫まいたんに続いて押入れに入りました。

「けほっ、けほほ……。アツシよ、思ったより埃がすごいものだな……」
 2匹はおっきなこたつの箱を、力を合わせてえっちらおっちらと部屋の真ん中まで運んできました。その横には一緒にしまってあったこたつ布団が並べられています。
「うーん、そういえば全然使っていなかったしね。掃除したほうがいいかな?」
「まあ、中まで埃は入っていないだろう……ふんっ!」
 猫まいたんが力いっぱい引っ張ると、こたつの足や枠が次々と飛び出てきます。猫まいたんは足を手早く伸ばすと、ためしにちょっと置いてみます。
「ふむ、問題はなさそうだな。アツシ、準備はよいか?」
「ん、もうちょっと……いいよー」
 猫はやみんはカバーを外してこたつ布団を広げると、手でおっきなマルを作ります。
 後は2匹でテーブルをセットして、かけ布団をかけて、天板を置いて……。すぐに立派なこたつが完成しました。
「これでよし、見ろ、こんなに早く出来たではない……か? アツシ?」
 反応がないのを不審に思った猫まいたんが振り向くと、猫はやみんはさっきまでこたつが入っていた空き箱をじっと見つめています。
「アツシ?」
 猫まいたんの声も聞こえていないのか、猫はやみんは全身をうずうずさせていたかと思うと、何を思ったのかいきなり箱に飛び込んでしまったではありませんか!
「ア、アツシ!? そにゃた一体何をしている!?」
 そりゃ、目の前でいきなりそんなことをされれば、目が点になろうというものです。猫まいたんは慌てて猫はやみんの首の後ろをみょんと引っ張ります。
「……はっ!? ぼ、僕は何を?」
「何を、もないものだ。いきなり空き箱に飛び込みおって。何を考えておるのだ!」
「え、で、でもさマイ? なんだかこの箱を見つめていたら無性に中に入った方がいいような気がしてきてさ……。マイはそう思わない?」
「え?」
 いささか恍惚とした表情で問い返されて、猫まいたんも箱をじーっと見つめてみました。
 待つことしばし。
 やがて、猫はやみんに視線を戻した時、猫まいたんの目もどことなく同じ光をたたえていました。
「……そうかもしれんな」
「ね! じゃ、もうちょっと……にゃー!」
 猫はやみんは嬉しそうに頷くと、再び箱に飛び込みます。それを見て、猫まいたんはもううずうずがとまりません。
「ま、待て! 私も……私も、入る!」
 猫まいたんも芝村的にそう宣言すると、一息に箱に飛び込みます。
 いくら大きいといっても、2匹も入ったらダンボールはぎっちぎちです。でも、2匹は気にする様子もありません。
「うむ、な、何というかこう、落ち着くな……」
「でしょ? はあ〜……」
 2匹は満足げな表情で、箱の中でくつろぐのでありました。
 ……こたつはどうした?

 2匹がこたつのことを思い出したのは、それから1時間ほどしてからのことでした。

   ***

「ぷあ……」
 猫はやみんは、頭からタオルをかぶりながらてこてこと部屋に戻ってまいりました。その後ろから猫まいたんも似たような格好で戻ってきましたが、タオルがまるでほっかむりのようです。
「いいお風呂だったね〜。あ、マイは先にコタツに入っててね。僕ちょっと準備するものがあるから」
 猫まいたんは顔を真っ赤にしたまま小さくこくりと頷くと、すったかたーと走ったかと思うと、そのまま飛び込んでしまいました。
「マイ〜? よくふかないと、風邪引くよ〜?」
「ばばば、馬鹿者っ! だ、誰のせいだと思っているのだ!」
 猫まいたんが叫んでも、猫はやみんはひょいひょいとしっぽを揺らしただけで特に気にするでもなく、台所に入っていくと何かをかちゃかちゃいじりだしました。
 ――ア、アツシっ! な、何も急ぐことはないのだから、あ、あ、あんな入り方をせずともいいのに……。
 猫まいたんは、まだこたつの中でブツブツと言っていましたが、そのうちに頭まで布団をすっぽりとかぶってしまいました。
 ああ、猫はやみんのおうちにはお風呂はひとつしかありませんので、念のため。

「い・い・お風呂だったにゃ〜……」
 猫はやみんはすっかり上機嫌で、鼻歌でももれそうな勢いでなにやら鍋をかき回しています。で、ちょっと味見。
「ん、こんなところかな。え〜、あとはお茶とみかんと……あれ?」
 猫はやみんが覗き込んだみかんかごは空っぽでした。
「ん〜、まいったなあ……あ、そうだ」
 猫はやみんはぽふ、と手を打つと、なにやら風呂敷を用意しはじめました。
「マイ〜。ごめん、ちょっと出てくるね〜。すぐ戻るから」
 こたつからの返事はありませんでしたが、猫はやみんは浮かれているのかさして気にもせず、意気揚々と出かけていくのでした。
「……」
 ドアが閉まる音が聞こえた後で、猫まいたんはひょこっと顔を出しました。
「……用意だと? どこに行くつもりだ?」
 猫まいたんは時間を確かめます。時計はもうすぐ午前1時を指そうとしていました。もちろんお店が「開いてて良かったぁ」なんて時間ではありません。
 こたつの中で考えてみても、答えはやはり出てきません。
 猫まいたんはしばらくの間そのままの姿勢でいましたが、とりあえず考えるのをやめにすることにしました。
「むー……」
 何となくさっきのお風呂のことがもやもやと浮かんできて、慌ててパタパタと打ち消したりしながら、ごろごろと猫はやみんの帰りを待っています。
 と、ドアの方でかちゃりと音がしました。どうやら帰ってきたようです。
 猫まいたんは出迎えにいこうとして――何を思ったか、再びこたつの中にすっぽりと隠れてしまいました。
 台所のごそごそは段々と大きくなり、やがて背中に風呂敷包みをしょった猫はやみんがひょっこりと顔を出します。
「マイ、ただいま〜……?」
 こたつの部屋はしんと静まり返っています。
「マーイ?」
 呼んでも答えはありません。
「おっかしいなあ……ま、いいや。すぐ戻ってくるだろうし」
 ……猫はやみん、さっきの件で怒らせたとは露ほども考えていないようです。
 猫はやみんは荷物をどさりとこたつの上に置くと、早速足をこたつに突っ込みます。

 ふに。

「ん? 何かこの布団、やけに柔らかく……にゃにゃっ!?」
 不思議に思った猫はやみんが中を覗こうとした次の瞬間、中からひっじょーに聞きなれた声が響きました。
”アツシ! これでもくらうがよい!”
「マ、マイ……にゃにゃにゃー!!」

 こちょこちょこちょ。

 声と同時に、猫はやみんの足をさわさわ、もふもふと猫まいたんの手が撫でていきます。
「にゃにゃにゃ! マ、マイっ、くすぐるのはやめて〜っ!!」
 どうやら猫はやみん、くすぐりには意外と弱いようです。
”聞こえぬな”
「そ、そんなぁ……にゃにゃ〜!!」

 こちょこちょこちょこちょ。

 こたつをぱふぱふ叩きながら身体をよじり、目のはしに涙を浮かべつつ猫はやみんは悶えまくるのですが、猫まいたんの攻撃は一向にやみません。

 こちょこちょこちょこちょこちょ。

「にゃ〜っ!!」
 猫まいたんが再び顔を出したとき、猫はやみんは息も絶え絶えに――でも、かまってもらったのは嬉しいのか、ほんの少し口元だけにやけて突っ伏しておりました。

   ***

「マ、マイひどいよ、何するのさ〜」
「黙れ、私は今ひどく気分がいい。このくらいにしておいてやる」
「だから何をっ!?」
 猫はやみんにとっては何が何だかサッパリ分かりませんが、このときようやくさっきのお風呂のこととかに思い当たったので、それ以上の追求はやめにしました。
 これ以上からかって、ぐーが飛んできたらいやですから。
 それに、猫まいたんが非常にご満悦そうだったので、その笑顔をなくしてしまうのがとてももったいなかった、というのもあったかもしれません。
「んー、まあいいや……。はい、お茶」
「ん」
 猫まいたんが一口茶を飲むと、清冽な香りが口の中いっぱいに漂います。
「ふむ、うまいな」
「うん」
 2匹は言葉すくなに頷きあいます。茶をすする音のほかには壁にかかった時計の振り子だけが静かに時を刻んでいます。
 猫はやみんがそっとみかんを差し出しました。
 猫まいたんはみかんを受け取ると、手に乗せたそれをしげしげと眺めます。実がみっしりと詰まっていて、しっかりとした重量感がありました。
 やや薄めの皮をむき、すじも丁寧に取るとひとふさ口へ。
 たちまち酸味と甘みのコントラストが口の中で大騒ぎしつつ、喉の奥へと退場していきます。名残惜しげに飲み込むと、猫まいたんはほうぅ、と息をつきました。
「やっぱ、こういうときにはおこたでみかんだよね〜」
「うむ、それは、確かに、そう、だな……」
 ……猫まいたん、おいしいのは分かったから、食べながら喋るのはよしましょうね?
「しかし、よくみかんなどあったな? 確か切れていたと思ったのだが」
「ん、ああ。瀬戸口君のところからちょっと分けてもらったんだ。ちょうど食べごろだったし」
「食べごろ……?」
 猫まいたんが首をかしげるのを見て、猫はやみんは慌てて手を振りながら言い足します。
「あ、いやそのっ、食べごろだから持って行っていいよ、って言われたんだ!」
「ふむ、そうか。しかしこんな時間にすまぬことをしたな。あやつには後で礼を述べねばならんな」
「あ、それはもう言っておいたから。それにほら、彼は夜行性だし」
 ――そうだったか?
 ちょっと疑問はありましたが、彼のことだしそういうこともあるかもしれない、と猫まいたんは思い直し、それ以上追求はしないことにしました。
 ――ふう、やれやれ。
 もぎゅもぎゅとおいしそうにみかんをほおばる猫まいたんを見ながら、猫はやみんは安堵の息をつきました。
 ちなみに、このみかんの出所はぐっち狼さんの家の庭で、彼はその時ごっすり眠りこけていたそうな。

 ……あれ?

   ***

「あ、そうだ。ちょっと待っててね」
 そう言うと、猫はやみんは台所に立ち、なにやらかちゃかちゃと準備をしています。
「……?」
 台所からは、すぐになにやら甘い匂いが漂ってきましたが、その匂いに覚えがあったのか、猫まいたんはかすかに眉をしかめました。
 やがて、盆に大き目のマグカップを2つのせ、猫はやみんがとてとてと戻ってくると、猫まいたんの前にそっとカップを置きました。
 カップの中には粒々の浮かんだ白い液体が甘い湯気を上げています。かすかに混じっているのはしょうがの香りでしょうか?
「これは……」
「ん、甘酒。さっき仕込んでおいたんだ。あったまるよ?」
 猫はやみんはマグカップを手に取ると、こくりと一口飲み込みます。
 もちろん、猫用に熱さ控えめですが、それでも温かさと、酒かすの香りとこうじの粒々と砂糖の甘さとしょうがの香りが口の中を満たします。
「ぷう、おいし……。あれ? マイ、飲まないの?」
「う、うむ……」
 猫まいたん、生返事。
 見れば、猫まいたんはマグカップをにらみつけたままピクリともしません。
「もしかして、甘酒……嫌いだった?」
 心配そうに覗き込まれ、猫まいたんは初めて気がついたように顔を上げると、ぱたぱたと手を振りました。
「い、いや、そうではないのだ。甘酒は……好きなのだが……」
「じゃあ、どうして?」
「父を……思い出してな……」
「お父さん……?」
 猫まいたんは小さく頷きました。

 猫まいたんのお父さんのことは、猫まいたん自身もそれほどはっきりおぼえているわけではありませんが、ある年のこと、珍しく2匹連れ立って出かけたときに、どういうわけか一緒に甘酒を飲むことがありました。
「……いつもは私をからかうことしかしなかった父が、どうしたわけかその時だけは機嫌がよくてな。……楽しかった。
 甘酒の甘さと楽しげな父の様子に時間を忘れ、体があったまったせいか眠ってしまった私が再び目覚めたのは、自分のベッドの中だった。
 それから、何度か父とは顔を合わせたが、あの時とは似ても似つかないような厳しい顔をしていて――
 私の前からいなくなってしまったのは、それから間もなくのことだった」
 猫まいたんが語り終えたあと、ちょっとだけ沈黙が落ちました。

「そうか……お父さんのことを思い出させちゃったんだ。ごめん」
「いや、それはよい。ただな、甘酒を飲むと……また、いなくなってしまうのではないか、とな……」
「あ……」
 再びちょっとだけ沈黙が落ちます。
 先に顔を上げたのは、猫はやみんでした。
 黙ったままマグカップを取り上げると、そっと猫まいたんの前に差し出します。
「アツシ……?」
「マイ、飲んで」
 猫まいたんは、驚きにちょっと目を見開きます。
「マイ、僕はここにいる。いなくなったりはしない。それじゃだめ?」
「いや、しかし……その」
 猫まいたんが顔を赤くして何か言おうとしましたが、それをさえぎるように猫はやみんは、はにかんだような笑顔を浮かべます。
「それにね、この甘酒は、マイに飲んでもらいたくて一生懸命作ったんだ。……飲んでくれないかな?」
「アツシ……」
 猫はやみんは笑顔のまま黙って頷きます。猫まいたんはおずおずとカップを受け取ると、そっと一口甘酒をすすります。
「どう?」
「……うまい」
 ――あの時と、同じ味だ。
 一瞬昔に引き戻されたような感覚に、猫まいたんは目元がちょっとだけ熱くなりました。
「え? マ、マイ、ひょっとして熱かった? だ、大丈夫?」
 わたわたする猫はやみんに、猫まいたんはにっこりと、それこそ華のこぼれるような笑顔を浮かべました。
「大丈夫だ。これは、うまいな」
「よかった……。変なことを思い出させちゃったみたいで、ごめんね」
「いや、むしろよく思い出させてくれた。そなたに、感謝を」
 ――それに、今はアツシ、そなたがここにいる。
 在りし日と今とに感謝しながら、猫まいたんは甘酒を飲むのでした。

   ***

 にゃーん、にゃーん。

 時計が2時の時報を打つころ、猫まいたんは猫はやみんにすっかり寄りかかってしまいました。どうやら甘酒で酔ってしまったようです。
 え、甘酒で酔うのかって?
 はい、いい酒かすだとお酒の成分もしっかり残っているので、たくさん飲むとお酒に弱い人なら……。
「マイ、大丈夫? だいぶ飲んでいたけど」
「……大丈夫だ」
 半ば夢うつつな声で猫まいたんは答えましたが、手足を動かすのはすっかりおっくうになってしまっていました。
 ――あの時も、こんな感じだったかな。
 猫まいたんは、いったんは閉じた目を再び開けると、猫はやみんをじっと見上げました。
「アツシ」
「うん、どうしたの?」
 猫まいたんの目の優しい光を好ましげに見ながら、猫はやみんは静かに答えます。
「そにゃたは……どこにも行くな」
「僕はいつも一緒にいるよ。今も……これからも」
「そう……そうだな」
「うん。……もう、おやすみ?」
「うむ、アツシ……おやすみ……だ」
 そのまま猫まいたんは再び目を閉じると、すうすうと静かな寝息をたて始めました。
「おやすみ、マイ……僕はずっと、離れないよ」
 そっと片付け物を済ませ、猫はやみんはそっと猫まいたんを抱き上げると、ベッドへと静かに運び入れました。
 と、猫まいたんの手が何かを探すようにうごめき――猫はやみんの手をつかまえると、猫まいたんは安心したような笑顔を浮かべます。
 それを見た猫はやみんも笑顔を浮かべながら、猫まいたんを抱き寄せると、頭をそっと撫でてあげながら、自身もまた眠りに落ちるのでした。

 夜は、静かにふけていきます。
 2匹にとっての夜と夢が、よきものでありますように……。


 Good night.
(おわり)


名前:

コメント:

編集・削除用パス:

管理人だけに表示する


表示された数字:



前のページ | 次のページ
[目次へ戻る]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -