07




「フユ、俺の話を聞いてくれるか?」
「……悲しい話?」
「いや、お前の父親の話だ」

フユを抱きしめたまま、シスは話し始めた。

「お前の父は、俺の幼馴染だ。あいつの魔力はこの魔界一でな、英雄的存在だった。世襲制でなければ、あいつが最も魔王に相応しかったんだ」

懐かしそうに、シスは微笑む。
フユはそんなシスの表情を見つめ、うん、と相槌を打った。

「しかしあいつはある日人間の女に惚れた。美しい人間にな。俺たちは猛反対したが、やがてその人間があいつの子を身籠った。この魔界には人間嫌いが多くてな、あいつは気を遣ったのか、女と一緒に人間界に移り済んだ。そして」

お前が生まれた。

シスがフユの額に己の額を重ねる。
鼻と鼻がくっつきそうな至近距離に、フユの心臓が騒いだ。

「お前は両親の遺伝子をきちんと受け継いだ。母に似て美しく、父に似て強い。今は亡きお前の両親の代わりに言おう。お前は、自慢の子だ。お前が生まれ、今日まで逞しく生きてきたことを、誇りに思う」

優しく微笑むシス。
フユの目に、再び涙が光る。

「俺はお前の父の幼馴染として、親友として、あいつの亡き後、お前を守り支えていくことを誓った」

シスはフユの目尻に唇を寄せ、涙を啄んだ。

「しかしそれには人間界と魔界の対立というのが邪魔でしかなかった。だから、早くこの戦争を終わらせようと思ったんだが、お前はあいつの子ということもあって、さすがに強い。なかなかうまくいかずに、歯痒い思いをしたものだ」

フユの強さが、シスの計画を阻んでいたのだ。フユは自分なりに必死でやっていたことだったが、なんだか申し訳ない気持ちになった。何も知らずに帝国のために戦っていた頃が、情けなく惨めに思える。

「あまりにお前が人間界を守ろうとするから、そんなにもそこに思い入れがあるのかと思ってな。お前の脳内に話しかけて探っていた」

あの会話は、そんな意味があったのか。
そういえば、フユは自分の身の上話を脳内にいたシスに話したことがあった。
思い返し、フユは納得して頷いた。

「驚いた。まさかすでに死んだ両親のために戦っていたとは思わなかった。それに、町の者から理不尽な暴行まで受けて。あの時は、腹が煮えくりかえって仕方がなかったぞ。すぐにでも人間界を滅ぼそうと決意した」

シスはそう言って苦笑した。
帝国がすでに亡き魔界の英雄を生きているとしてフユを騙していたことは、魔界の者への冒涜にも等しい行為だ。
しかしそれだけではなく、フユ自身を深く傷付けたことに、シスは自分で抑制できないほどの怒りを覚えた。

「こんなに怒りを覚えたのは久しぶりのことだった。それだけこの俺にとってお前という存在が大切なのだと実感した。最初は死んだお前の父の親友としての義務感しかなかったはずなんだがな」

シスはそこで一旦言葉を止め、フユの両脇に手を差し込むと一気に抱き上げた。それから向かい合わせに己の膝に乗せて、隙間なくその体を抱き締める。
フユはいきなりのことに驚いたがとにかく胸が高鳴っていて、耐えきれずにシスの胸元に顔を埋めた。

「いつの間にか、お前が愛しくて堪らないのだ。お前に泣いて欲しくないし、幸せだと笑っていて欲しい。魔族の王が、こんなことを言ったら笑われるかもしれないが」

シスは己の胸元にあるフユの頬に優しく手を添え、その顔を覗きこんだ。
フユの頬は真っ赤に染まり、シスが愛おしく撫でる。

「フユ。俺はお前を愛している。どうかこの魔界で、俺と共に生きてくれないか」

シスにとびきり甘い笑顔を向けられ、フユはパチクリと目を瞬かせた後、言葉の意味を理解した途端、火がついたように顔を赤くした。

「えっ……あ、えっと……その、あの、……うー……」

真っ赤な顔で、混乱した頭のままモゴモゴと口ごもるフユがおかしくて、そしてなにより愛しくて、シスは思わず笑ってしまう。
終いには混乱し過ぎて涙目になってしまったフユを、シスは優しく抱きしめ宥めた。

「よい。これから口説いてゆく。それもまた楽しみだ」

控えめで可愛いこの子どもを、これからどう甘やかしていこうかと考えるシスは、楽しくて仕方がなかった。


その後、魔界で一番強い魔王が住む王城では、その魔王にひたすら甘やかされて困り顔のフユが度々目撃されたとか。







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