その後




「千葉さん、もしかしてまこに手出しました?」
「は?」


誠と千葉が交際を始めてから、一年と半年が過ぎた。
誠は大学4年となったが就職先も無事決まり、同棲している千葉のアパートで一日を過ごすことが多くなった。これまで単位を着実にとってきたためにもう大学で講義をとる必要はなく、卒業論文の制作のみをしているのだ。
夜はバイトだが、昼間は家事をしながら卒業論文を書いて、のんびりしている。

誠と千葉の交際について、誠の友人である井沢には一切何も伝えていない。やはり男同士であるということもあり、誠も伝え辛かったようだ。千葉も千葉で、ストーカーから誠を守るように井沢に頼まれていたのに、その誠と交際を始めてしまったために井沢に対して非常に申し訳ない気持ちがあり、伝えられないでいた。
幸いなことに井沢は誠が警察を嫌っているのを知っているから、警察官である千葉と付き合うことになるとは思いもしないはずだった。


井沢と千葉は今、誠がアルバイトをしている居酒屋に来ていた。
客に元気に笑顔を振りまく誠を見ながら、二人は向かい合って酒を飲む。そして酔いが少し回ってきたあたりで、冒頭の井沢の言葉である。

千葉は驚き、うまく反応が返せなかった。
やばい、と思ったが動揺してしまったのだ。

「あー……」

口ごもる千葉に、真実を察した井沢が笑う。
なんとなく気まずかったが、これはケジメだと思い千葉は姿勢を正して井沢を見据えた。

「付き合ってる。一年半前から」

千葉の真剣な声音に、井沢は苦笑した。
当初、千葉は誠との交際を井沢に知られたら一発殴られると思っていたが、井沢はそれに反して穏やかな表情をしている。
怒るどころか、なんとなく嬉しそうにすら見える。

「やっぱり。じゃあ、まこが引っ越したのって千葉さんのところに行ったんですか?」
「あぁ」

ストーカー被害から誠が引っ越したことは井沢も知っていたが、どこに住んでいるのかは聞いていなかった。ただ、駅の方だとは聞いていたので、付き合っているならば千葉と同棲しているはずだ。たまに大学で誠を見かけると料理本を一生懸命読んでいたりするので、誠なりに家事を頑張っているようだ。

「……一時期、ストーカー被害やばくてまこが窶れてたじゃないですか」
「あぁ」

井沢は、もう一年半も前になる時期を思いながら口を開いた。
あの時は、ストーカーに対するストレスのせいか誠の顔色が日に日に悪くなり、痩せていった。井沢はそれに対してなにもしてやれず、弱っていく誠を見ることしかできなかった。

「詳しくは知らないんですけど、ストーカー、まこのこと襲って捕まったんですよね?」
「あぁ」
「事件直後はあいつすげートラウマになってて。講義中とか何度もトイレ行ってた。後ろに人が座ってるのすらダメで、いつも一番後ろに座ってたんだけど、それでもキツかったらしいっす」

それは初耳だった。千葉は井沢の話に眉を寄せた。

あんなことがあり、トラウマにならないはずがなかった。
事件直後は確かに誠は酷く怯えていたし、一人で大学に行くのも大変だった。千葉はいつも無理をするなと誠に言っていたが、彼は大学に行くことに拘った。
今となってはトラウマも緩和され、平和な毎日となったが、やはり事件直後は大学で相当大変な思いをしていたのだろう。大学から帰ってきた誠はいつもぐったりしていたから、やっとその理由が分かった。
そして、千葉は自分が情けなくなった。誠の苦しみを知らずにいたことが、悔しかった。

しかし、井沢はそんな千葉の思いを払拭させるように小さく笑う。

「本当に、その時期はまこも、見ている俺も辛かったんですけど。だんだんあいつも笑顔になってきて。幸せなんだ、って俺に言ってくれたんです。理由聞いたら、支えてくれる人がいるからって」
「……」
「それって、千葉さんのことだったんですね」

千葉は言葉を失った。
自分が、誠にしてやれたことなど何もないのに。誠自身が、辛くても必死になってトラウマを乗り越えたのに。
誠は、千葉が支えてくれたから幸せなのだと言う。
なんだか無性に、誠を抱きしめてやりたくなった。




prev next
戻る

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -