02




「今度階段を降りる時は注意しろよ」

結局、何を話せばいいか分からず、説教くさいことを言ってしまった。
鬱陶しがられるかも、と言ってから内心焦った寺門だが、当の壱はポカンとした顔をしている。今までの無表情とは違う。まるで、なにを言われているか分からないというかんじだ。

「ど、どうした?」

予想外の反応に驚く寺門だが、対する壱は一瞬考えるように俯いた。それから、なにか思い当たったのか小さなため息を吐く。

「それ、母さんが言ったんですか」
「あ? あぁ」

それ、とは怪我の原因が階段からの落下であるということだろう。確かに壱の母から聞いた話なので寺門が頷くと、壱の表情が少し曇った。なにかを耐えるように、唇を噛み締めている。
それが気になって、どうしたのか尋ねようとした寺門だったが、それよりも早く壱が再び横になり、布団に入ってしまった。

隣に立つ看護師と顔を見合わせ、首を傾げていると、調度壱の母が戻ってきた。
戻ってきて早々、病室にある売店でヨーグルトやゼリーなども買ってきたと、横になる壱に伝えている。布団から少し顔を出した壱が、鬱陶しそうな顔をした。ベッド脇の冷蔵庫に買ってきた物を詰めながら楽しそうに話す母だが、壱からは一切返事がない。しかし当の母は慣れたことのように気にせず一方的に話し、個室内には壱のイライラとした雰囲気が十二分に拡がったのだった。


「……どう思う」

壱の病室を出て、寺門は隣の看護師に尋ねた。寺門の内心は違和感だらけだったが、それは彼女も同じなようだ。

「若い男の子が自宅の階段から転落って、あんまりないことだと思うんです」
「そうだな、酒を飲んでいた訳でもなさそうだった」
「壱くんの反応を見ても、怪我の原因は他にあるように思います」

彼女の言葉に、寺門も頷いた。大体が、寺門と同じ考えだった。
しかし、次に発せられた言葉に、寺門は驚きを隠せなかった。

「それから、多分壱くん無意識に女性を怖がっています」
「え?」

なんだそれは、と彼女を見る。

「点滴の様子を見ようとして腕に触ったら、すごく震えてました。でも先生に診察されてる時は普通だったんですよね」
「偶然じゃないのか」
「どうでしょう……でもすごい震えでしたよ」

女性の観察力はすごいと、寺門は思う。自分は全く気付かなかったのだから。
彼女の話を聞く限り、壱は女性恐怖症のようなものだろうかと予想する。とにかく、これから様子を見て行く必要がありそうだ。

そう考えて、寺門はため息を吐いた。
もともと壱は、言い方は悪いが重要なお客様である。県内有数の権力者のご子息ということで、扱いには十分注意しろと上の人間から言われている。
それなのに、壱の怪我の原因が不自然に隠されているから、面倒以外のなにものでもない。自分で誤って階段から落下というのが壱の両親がついた嘘なら、実際は誰かに怪我をさせられたというのが真実だと相場は決まっている。
それを隠すのは、怪我をさせた本人が相当な権力者であるからだろうか。そうでなければ、大事な息子を怪我させられて壱の両親が黙っている訳がない。

「誰が怪我させたんだか……」
「今回の頭部以外に目立った傷や、古い傷跡などは見当たらなかったので、ご両親の虐待という線は薄いと思います」

壱が母親を拒絶している様子はなかったし、確かに虐待ではないかもしれない。しかし必ずそうだとは言い切れないし、どのみち壱のことは十分気を配っていかねばならないようだ。

壱に怪我をさせた誰かを探すことは両親の意に背くだろうし、これ以上詮索もするべきではない。
寺門は正直面倒だと思ったので、早く壱が無事退院してくれるよう祈った。





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