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本田壱が病院に運び込まれたのは、昨日のことだった。
付き添った両親が言うには、偶然自宅の階段から足を滑らせ転落し、頭を打って意識不明の状態となったらしい。

本田壱の頭部の傷は早速治療された。
傷は深く無かったが出血が多く、さらに本人が意識を失っていることもあり脳の検査を行った。その結果異常は見当たらず、あとは本人の意識の回復を待つのみとなった。

個室の病室で眠る壱を、この度治療を行った医師、寺門雅は注意深く観察していた。
壱の両親は、様々な同意書や書類にサインし入院手続きを済ませると、壱の着替えを取りに行くと言って自宅に戻っている。聞けば壱の父は県議会議員をしていて、仕事もあり大忙しらしい。母の方も県内の国立大学の教授をしているそうで、両親共々素晴らしい肩書きの持ち主のようである。


運び込まれた日の翌日、壱は意識を取り戻した。
調度母が見舞いに来ている時で、すぐにナースコールされ、寺門と担当の看護師が駆け付けた。

寺門が個室に入ると、ベッドに横になっている青年と目が合った。意識を取り戻した本田壱は、美青年と言うべきか、とにかく整った顔をしている。まだぼんやりした表情だが、それが逆に美しさに磨きをかけており、一緒に入室した女性の看護師の顔が少し赤くなったのを寺門は見逃さなかった。

「意識が戻ってなによりです」
「先生、ありがとうございます」

寺門が壱に近付くと、母がすかさずぺこぺこと頭を下げる。それに軽く返しながら、寺門は改めて壱を見た。

「担当医師の寺門です。気分はどうですか」
「……普通、です」

ぼんやりした目が寺門の方を向き、そんな言葉が返される。元気とは程遠い声だったので、おや、と少し心配になった。
ひとまず、検査をしようと首にかけてある聴診器を取り出したところ、壱の母が目覚めた息子のために飲み物を買いに行くと部屋を出て行った。

それを見送ってから、壱に体を起こしてもらい、服をたくし上げ、心音を聞く。

「だるさとか吐き気はあるか?」
「ないです」
「自分の名前は言える?」
「本田壱です」
「63足す21は?」
「84です」

元々の性格なのか、壱の声はとても小さい。そして、起きてからまだ一度も、クスリとも笑わない。まだどこかぼんやりした表情だ。

「どこか痛むところは?」
「ないです」

無表情で、淡々としている壱に、寺門はそうかと返し、立ち上がる。
とりあえず簡単な問診は終わったので、あとは明日からの精密検査次第で退院できるだろう。

その旨を壱に伝えたが、彼はやはり表情を変えることなく頷いただけだった。

病院には本当に色々な種類の人がいるが、ここまで無口な患者も珍しいと寺門は思う。残念ながら心理やカウンセリング系は得意ではない寺門は、会話の続かない壱にすでにお手上げ状態だ。
しかし建前上壱の母が戻ってくるまでこの部屋を出るわけにはいかないので、仕方なく再び壱と向かい合う。


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