10
「まこ。ボーッとしてる。考え事か?」
ソファで隣に座る千葉が、そう言って誠の顔を覗き込んだ。誠はそれに首を振り、彼に口付ける。
千葉と同棲してから、一年が経った。
誠は、ストーカーに襲撃されたアパートを引き払い、千葉のアパートに転がり込む形で住んでいる。
まだ少しストーカーに襲われたトラウマがあるが、千葉の支えのおかげで随分マシになった。
大学にも順調に通いながら、仕事で忙しい千葉のために料理をはじめとした家事を懸命にこなしている。
同棲をして半年が経った頃、千葉にどうしてもと言われ、誠が警察を嫌いになった理由を話したことがあった。
彼はそれを悲痛な面持ちで聞いていた。当時かなり世間で騒がれた事件であったため、その当事者が誠であったことにかなり驚いたようだ。
話を聞き終わると、彼は警察官として、当時の警官の失態を詫びた。もう二度とそんなことは起きないようにすると、誠に誓った。
その時、誠の中の警察に対する恨みの気持ちが、消えていくのを感じた。
誠は涙を流し、初めて警察からの謝罪を心から受け取ったのだ。
長年恨み続けて雁字搦めになっていたが、やっと解放された瞬間だった。
そんなことを思い出しながら、誠は隣に座る千葉を見つめる。
それに気付いた千葉も、優しく誠を見つめ返す。
「俺ね、千葉さんに会えて良かったよ」
「そう?」
「うん、だって今すごく幸せだもん」
「俺も幸せ」
色々なことがあった。
今までの人生は誠にとって、辛いことの連続だった。
しかしそれがなければ千葉とは出会えなかったし、こうして愛し合うこともなかった。だから、今の幸せを抱きしめるために、過去の辛いこともすべて受け入れる。
「ねぇ、そろそろ井沢に言おうよ」
「俺らのこと?」
「うん」
「いいけど、俺あいつに殴られそう」
「えー、なんで」
「内緒」
二人が住むアパートからは、いつまでも楽し気な会話が聞こえてくるのだった。
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