09




それから、二人の同棲生活が始まった。

誠にとって千葉は、出会った当初は大嫌いな警察官の一人という認識だった。
それが崩れたのは、毎日欠かさず巡回に来てくれる優しさを実感してからだ。千葉が所属する警察署の管轄外の場所なのに、嫌な顔一つせず来てくれた。誠は千葉に対して決して良い態度を取らなかったのに、いつも気にかけてくれていた。
千葉が巡回してくれていたから、誠はいつも安心していられた。

そしてなにより、千葉がストーカーから助けてくれたことが、好きになった大きな理由の一つだ。
助けてくれたのが千葉でない人であれば、その人に惚れていたのか?
たまにそう考えるが、千葉だからこそあの日の電話で誠の危機を察して駆け付けてくれたので、やはり千葉以外はあり得ないと思う。

助けてくれた後も、ずっと付き添っていてくれたことが、誠には非常にありがたかった。ストーカーに襲われたトラウマで、病院や警察署で見知らぬ男性が近くに来ると無意識に怯えてしまう誠を、千葉はずっと支えてくれた。頭を撫で、手を握り、大丈夫、俺が守ると何度も言ってくれた。

千葉がしてくれた一つ一つの行動が、誠にとってどれだけ大切なことだったか、きっと彼は分かっていない。
彼は、誠を喜ばせたい一心でしているだけだから。
そんなところが、誠は大好きだ。


誠が警察を嫌いになったのは、誠がまだ幼い時にあった事件が原因だった。
当時、誠の母は誠の父である夫から酷い暴力を受けていた。まだ家庭内暴力の意識が世の中に行き渡っていない時代だったので、母のような女性は皆苦しんでいたことだろう。
誠の母は専業主婦をしていたので離婚をすると経済面で苦しむことが予想でき、それ故離婚もできないでいた。当時の誠にはそんなことはわからなかったが、今考えるとそういう理由だったのだろう。

その日も、母は父から酷い暴力を受けた。誠は、父の暴力が始まったら必ず自分の部屋に逃げるよう母に言われていたので、それに従っていた。
しかしいつもは母が数度殴られて終わる暴力が、その時はそれだけでは終わらなかった。酒に酔っていたこともあり、父は長い時間母を殴り続けた。

あまりに暴力が続くので、堪らなくなった誠は気付かれないように外に出て、近くの交番に走った。
夜も遅い時間でひどく心細かったが、子どもの自分には、父の暴力を止めることはできないと誠はよく分かっていた。何度か父を止めようとしたことがあるが、父はそんな誠にも暴力をふるい、母がそれを庇って余計に殴られるので、意味がなかったからだ。
だから、暴力を止めるためには大人の第三者が必要だと思った。

死に物狂いで走り、交番につくと、そこにいた中年の警察官に誠は事情を説明した。父が母をひどく殴るから止めてくれ、と。

しかしその警察官は、そんな願いを大きな声で笑い飛ばした。
夫婦喧嘩に警察を呼ぶなんてバカなことがあるか、と。
夫婦喧嘩なんて話ではないのだと誠がどんなに訴えても、警察は腰を上げなかった。終いには、夜遅くに出歩く誠に説教までし始めた。

誠は埒が明かないと、説教の途中で交番を飛び出した。
今、母がどうなっているか心配だった。

肩で息をするほど走って家に帰ると、そこは地獄のようだった。
血まみれで倒れている母。
血に染まる酒瓶を手に持ち、呆然とする父。
誠は悲鳴をあげ、隣家に突撃した。
泣き叫ぶように、お母さんが、お母さんがと玄関先で繰り返した。
隣人は誠の異変に気付き出て来てくれて、誠の家の中の惨状を見て救急車を呼んでくれた。

すぐに救急車が駆け付け、さらに警察まできて、誠の家の周りは騒然となった。
パトカーから出てきたのは、誠の訴えを笑い飛ばした警官だった。彼は信じられないといった表情で、救急車で運ばれていく母を見ていたが、誠と目が合うと、気まずそうに目をそらした。

結局、母は打ち所が悪くその日のうちに亡くなった。
父は殺人罪で逮捕された。
誠は親戚の家に引き取られ、そのままそこの養子となった。

両親を最悪の形で失った誠は暫く呆然としていたが、母の葬式などが終わり、ある程度気持ちが落ち着いた頃から、徐々に警察への恨みを自覚し始めた。
あの時、警官が誠の訴えを聞き入れ、パトカーで家に駆け付けてくれていたら、母が死ぬことなど、なかったのではないか。
そんな気持ちばかりが募る。

誠が交番に助けを求めていたこと、そして警官がそれを笑い飛ばしたことは、交番に設置してある監視カメラの映像で残っており、当時警察の怠慢として問題となり、メディアでも大きく報道された。
その時の警官と、県警のお偉方から誠に対して謝罪があったが、誠はそれを聞き入れなかった。
さらに誠を引き取った親戚が警官を訴え、事件はさらに泥沼化した。親戚はそれによって多額の慰謝料を手にしたが、誠にはそんなことはどうでもよかった。
お金を手にして満足気な親戚とは違い、誠の中で、一生警察を恨み続けようという気持ちは変わらなかった。


ある一人の怠慢な警官のせいで、誠は大切な母を失った。
だから誠は、警察を恨み続けた。

しかし千葉に出会い、その気持ちが変化してきた。
井沢がいつも言ってくれていたことを思い出す。

すべての警官が、悪いわけじゃない。

以前はそれを突っぱねたが、今は納得できる。
きちんと、守ってくれる警官もいる。
いや、きっとおそらくは、ほとんどの警官が守ってくれる。誠は、最悪な一人と出会ってから、その事実から目をそらしていたのだ。

本当は、母を守れなかったのは自分自身なのに。その無念さもすべて警察のせいにしていた。

幸せになった今、そう実感した。
そう実感できる程に、気持ちに余裕ができた。










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