08




夕方、千葉が家に帰ると、寝室のベッドで誠が寝ていた。なぜか、千葉の部屋着を抱きしめながら。
大事そうに部屋着を抱え、スヤスヤと眠る誠。千葉はその様子を眺め、幸せな気持ちになった。

誠が寝ている間に千葉は風呂に入った。
今回の件は、ストーカーを暴行罪と住居不法侵入罪、その他公務執行妨害罪などで現行犯逮捕できたために事後処理は楽にできた。ストーカーの男は、千葉がアパート周辺を巡回していた頃は警戒してストーカー行為をやめていたが、昨日千葉に背負われる誠を見て気持ちを抑えきれなくなったと供述した。調べると誠以外にもストーカーをしていたようで、余罪がいくつか出てきたので暫く塀の中にいることを余儀無くされそうだ。

とりあえず、これから誠の身に危険が及ぶことはない。
それにホッとするが、誠は今回のことで確実に心に傷を負ってしまった。警察署や病院で、知らない男性が近くにいると震えていた。後ろを誰かが歩いていると、忙しなく振り返って確認していた。
きっと、怖くて堪らないのだろう。

風呂からあがると千葉は誠が眠るベッドに向かった。
近付くと、誠から自分と同じシャンプーの匂いがする。誠も風呂に入ったのだろう。
そんな小さなことが嬉しくて、千葉は微笑んだ。誠を起こさないように自分もベッドに上がり、横になる。自分よりも遥かに小さい誠を軽く抱きしめ、徹夜で疲れた体を癒そうと、千葉も深い眠りについた。


「千葉さん、起きて。晩ご飯作ったよ」

外が暗くなり、時計の針が夜の8時を指した時、千葉は誠に揺すり起こされた。
目覚めた千葉は、暫し寝ぼけた後、誠が家にいることを思い出してベッドから起き上がる。

「ごめんね、キッチン借りちゃった」
「いや、全然いいけど」

むしろ作ってもらえてありがたい。
そう言うと、誠が照れ臭そうに笑う。
ふと、誠を見ると、なぜか彼は千葉のパーカーを着ていた。当たり前だが体格が違うので、ぶかぶかだ。
千葉が自分を凝視していることに気付いた誠は、あぁ、と苦笑した。

「パーカー借りた」
「でかくね?」
「でかいけど、千葉さんの匂い落ち着く」

照れ臭そうに笑う誠に、千葉の胸が高鳴った。

「俺、匂いする?」
「するよー。良い匂い」
「ふーん。だから俺の部屋着抱えて寝てたの」

千葉がニヤリと笑う。本当は嬉しくて堪らなかった。恥ずかしくなったのか、プイとそっぽを向いた誠を追いかけ、リビングに行くと、テーブルの上に美味しそうな料理が並んでいた。

「すげ。作ったの?」
「うん。俺料理趣味なんだ。バイトも居酒屋のキッチンだし」
「へー」

テーブルを挟んで向かい合わせに座り、男子学生が作ったとは思えない程に美味しい料理を食べた。千葉が褒めると誠は照れて笑い、楽しい食事となった。


食事を終えて後片付けをすると、またテーブルを挟んで向かい合わせに座った。
これからどうするか、話し合うためだ。

千葉にとって誠は、最近知り合ったばかりの他人だ。井沢の頼みさえなければ、ここまで関わり合うこともなかった。
しかし、今となれば知り合うきっかけになった井沢に感謝をしたい程に、千葉は誠のことが好きだった。男を好きになったことは今まで一度もない。だから、誠の家の巡回を一度やめた期間で、物凄く悩んだ。
悩んだ結果、千葉はできる限り誠の力になり、幸せにしてやりたいと思った。誠と両思いになれると思えるほど、自惚れはしない。

「俺、あのアパートを出る」
「うん」
「千葉さんにはたくさんお世話になって、すごくありがたかったです」

伏せ目がちにそう言う誠は、己の手をギュッと握りしめていた。まるで何かを耐えるようなその仕草に、千葉は口を挟まずにはいられない。

「一人で平気か」
「え?」
「一人で暮らすの、不安じゃないか」

千葉を見上げた誠は、非常に頼りない顔をしていた。不安で、恐くて堪らないと、その表情が教えてくれる。それに気付いたら、千葉はいても立ってもいられなくなってしまった。

「お前さえよければ、ここで、一緒に暮らさないか。大学から少し遠くなるけど。もう絶対、お前に怖い思いはさせないから」

もういい大人なのに、勢いのまま千葉はそう口走った。誠は呆然としている。会って間もない男にこんなことを言われれば、当然の反応である。しかし千葉はそれには構っていられない。彼も必死だった。

「俺は、お前が大切なんだ。ストーカーとあんなことがあった後に言ったら気持ち悪いかもしれないが、お前が、その、好きだ。れ、恋愛の意味で。いや、本当に、気持ち悪くてごめん」

無反応な誠に、千葉は早口でそう告げた。
弱っている誠に自分の気持ちを告げずにここに住まわせるのは、弱味につけ込んでいるみたいで卑怯だと思ったからだ。

しかしやはり誠の反応が気になるので、恐る恐る様子を窺うと、なんと彼の目に涙の膜ができていて、今にもこぼれ落ちそうだった。慌てたのはもちろん千葉である。

「わ、悪い。動揺させて。今の、忘れて……」
「ちがう」
「え?」
「ちがう。嬉しい」

驚く千葉に、誠が微笑んだ。
それと同時に涙がこぼれたが、今度は千葉が呆然とした。

「俺も、千葉さんが好き」




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