07




誠も男も、ピタリと動きを止め、一斉に玄関の方を見た。
玄関の外に誰かがいる。
そう思った誠はここぞとばかりに暴れ、なんとか音を立てようとしたが、男に抑えられ、頬を勢いよく殴られる。男に渾身の力で殴られたせいで鼻血が出たが、それにも構わず抵抗した。
ナイフで脅されたが、必死の誠には関係なかった。とにかく全身で暴れ、男を蹴る。古いベッドはそれだけで酷い音を立て、それに後押しするかのように、ベッド脇の棚から水の入ったペットボトルが落下した。

男にたくさん殴られ泣きながら、誠は願った。
外にいる誰かに、どうか気付いてくれと。

すると玄関のドアの鍵が、カチャ、と音を立て、開けられた。



「誠!!!」

千葉の大きな声が部屋に響き渡るのと、誠の上にいた男が逃走を図るのは同時だった。
しかし千葉と共にドカドカと入ってきた警察官に男は抵抗虚しくすぐに取り押さえられた。ナイフを振り回したようだが、逮捕術に長ける本業の警察官には遠く及ばなかったのだ。

そんな光景を眺めていたら、男が捕まるまで誠を庇っていた千葉が、手首のロープを外してくれた。
抵抗したせいで数えきれないほどの傷がついた手首は、血が出ている。
千葉はそれを悲しそうに眉を寄せて見た後、口に貼られたガムテープと、突っ込まれた布をとってくれた。

そうして自由の身になった誠だが、なにか話す気分にも、起き上がる気分にもなれない。ベッドに横になったまま、呆然と、千葉を見つめる。
涙も鼻血も、流れたままだ。

「誠、ごめんな」

千葉はそんな誠に、悔しそうな顔でそう言った。

「ごめん、守りきれなかった。怖い思いをさせた」

千葉の目に、涙が溜まっていくのが見えた。謝ることなどなにもないのに、そんな悲痛な顔をする千葉に耐えきれなくなり、気付けば誠は彼の手を掴んでいた。

「泣かないで、ちばさん」

声の出し方を忘れたかのように、掠れた情けないものだった。
それでも、誠は千葉に伝えたかった。

「助けてくれて、ありがとう。ちばさんのおかげで助かったんだよ」

そう言いながら千葉の手を両手で握ると、誠は安心感に包まれた。あぁ、自分は助かったのだと、実感する。
だから、助けてくれた千葉に、悲しそうな顔をして欲しくなかった。

千葉は己の手を握り微笑む誠を、愛おしく思った。最悪の結果に至らず、良かったと息をつく。
それから、誠の両脇に手を入れ、持ち上げると、その体を一気に抱きしめた。

隙間なく、ぎゅうぎゅうに。
誠はほぼ裸の状態で、いきなりのことに少し驚いたが、同時にすごく嬉しかった。千葉の背中に腕を回すと、さらにキツく抱きしめられた。

「無事でよかった、誠」
「うん。ありがとう、ちばさん」



それから誠は服を着替え、千葉と共にパトカーで病院に行った。
被害届を出すためだからと言われ、怪我した箇所を写真に撮り、医師から治療を受けた後に診断書をもらう。
千葉は誠に付きっきりに寄り添ってくれて、治療費もいつの間にか支払われていた。

治療を受けた後は、警察署で事情聴取をされた。千葉は後日でいいと言ってくれたが、どのみちアパートには警察がいて戻れないし、そもそも戻りたくもないので素直に聴取を受けたのだ。
しかし誠は反射的に見知らぬ男性に恐怖を覚えてしまうようになったために、聴取中も千葉の制服を掴んで離さなかった。

大体の聴取を終えた頃には、すっかり朝方になっていた。
もう帰って結構ですよ、と婦人警官に言われ、誠は困り顔で苦笑する。情けないことに、あのアパートに帰ると考えただけで冷や汗が出るのだ。しかし自分の家はあそこなので、帰るしかない。

せめて一人で帰るのだけは避けたいが、千葉は今回の件の事後処理があるらしい。八方ふさがりでどうしようかと隣にいる千葉を見上げると、調度目が合った。千葉も心配で誠を見ていたようだ。

「誠、どうする? 俺のとこ来る?」

千葉の提案は予想外だったが、誠は反射的に頷いた。すると千葉は嬉しそうに笑い、婦人警官と少し会話をすると、ちょっと待ってろ、と誠を置いて急いで更衣室に行き、制服から私服に着替えてきて、誠の手を引き外に出た。

千葉が住むアパートは、警察署の近くにあった。途中、朝から営業しているスーパーに寄って食事の材料を買い、二人でアパートの一室に入る。
学生の誠とは違い、千葉の部屋は広い。ワンルームではなく、リビングと寝室は別のようだ。

買った食材を冷蔵庫にしまってから、千葉が簡単に朝食を作り、二人でそれを食べた。
千葉は休憩をもらっただけなのですぐに署に戻るから、この部屋で好きにしていろと言った。誠は一人になるのが少し不安だったが、そもそも千葉が署に戻るのは自分のせいなのだと思い直し、素直に頷いた。

「じゃあな誠。夕方には帰る。寝室のベッドで寝てろ。部屋漁ってもいいし。俺が帰ってきたら、色々話し合お。それまでゆっくり休んでろよ」

朝食を食べて身支度をした千葉は、玄関でそう言った。誠はうんと返事をしたが、やはりさみしかったので出かけようとする千葉に抱き付く。千葉は少し驚いたようだが、すぐにキツく抱きしめてくれた。
そうするとすぐに不安が消えて、誠は千葉を笑顔で送り出したのだった。










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