05




平穏は、すぐに崩れた。

盛大に酔っ払った翌日、誠は自分のベッドの上で目を覚ました。
ベッド脇の棚には水が入ったペットボトルが置いてあり、そこに一枚の置き手紙があるのを発見する。
はて、昨夜は誰かにお世話になっただろうかと、酔って記憶にない誠がその手紙を見ると、差出人は全く予想していなかった千葉であった。

『おはよ。合鍵、俺が持ってるから今度返しに行く。飲み過ぎも程々にしろよ』

手紙を読み、誠は混乱する頭から必死に昨夜の記憶を呼び起こした。
すると断片的にだが、酔った自分を千葉が迎えに来て、背負ってくれたことを思い出す。そうしておそらく千葉は、このアパートまで送ってくれたのだろう。
先に誠が寝てしまったから、戸締りをするために千葉が合鍵を持って行ったのだ。

全てに合点がいき、誠は深いため息を吐いた。
大嫌いな警察であることなど関係なく、千葉に迷惑をかけてしまった。ただでさえストーカーの件でたくさんお世話になったのにすごく申し訳ない気持ちになる。
それと同時に、ここまで千葉が自分の世話を焼いてくれることに嬉しさを感じた。


元々起きたのが昼過ぎだったこともあり、二日酔いと戦ったりシャワーを浴びたりするうちに、すっかり夜になった。
誠は自分が水以外なにも口にしていないことに気付き、キッチンの冷蔵庫をあける。
しかしそこには碌な食材が入っておらず、誠は苦笑しながら散歩がてらに買いに行くことにした。

早速、部屋着から外出着に着替え、携帯と財布と鍵を持って外に出た。
スーパーに向かいながら、何を食べようかと呑気に考えていた。

夜のスーパーは人も疎らで、誠はそこで適当な食材を買った。
スーパーから出て、アパートまでの道を歩きながら、千葉に貸したアパートの合鍵のことを思い出す。
別に合鍵などいくらでも作れるし、他に合鍵を使う者など誰もいないので千葉が持っていてもなにも問題はないのだが、特に仲良くもない他人の合鍵を持つ千葉が嫌な気持ちになるだろう。
誠はこれ以上千葉を煩わせたくなくて、すぐにでも合鍵を返してもらおうと考えた。

しかし千葉と会おうとしたところで、偶然に会えることはほぼない。
なぜなら千葉がいる警察署はここから距離があり、普通ならばここは巡回コースから外れているのだ。駅前の警察署よりも近い距離にそこが管理する交番があり、街の治安維持は本来その交番が受け持つのである。
それでも千葉が誠のためにここを巡回していたのは、後輩である井沢の再三の頼みと、千葉自身が徐々に誠に惹かれていたためだ。

千葉には、なにもかも頼りすぎだと誠は思う。
警察は嫌いだと言いながら、千葉を頼り切る自分が浅ましく見えた。

そんな気持ちを持て余しながら、誠は自分の携帯電話を取り出した。
以前もらった千葉の連絡先を呼び出し、電話をかける。
何回かのコールの後、不機嫌そうな声が出た。

『はい』
「あ、千葉さん。すみません、矢内です」

誠がそう言うと、途端に電話の向こう側からガタガタと物が落ちる音が聞こえる。

「え、今電話大丈夫ですか」

なんか色々物が落ちてるみたいですけど。
誠の心配を他所に、千葉が大丈夫だけど、と返事をした。本当は、誠から電話が来るとは思っていなかったためにかなり動揺している。

「昨日、お世話になっちゃったみたいですみませんでした」
『あぁ、別にいい。酔ってるお前なんか面白かったし』
「えー、俺全然記憶にないんですけど」
『お前酒で記憶無くすタイプか』
「そうなんですよー」

少し前までは考えられない程穏やかに、会話が続いた。
千葉は間違いなく良い人で、これまで警察官であるからという理由で邪険にしていた自分が情けなくなった。

そんなふうに思いながら、携帯を片手に歩いていると、ふと違和感に気付く。
暫く感じなかった、あの感覚。

「……っ」
『誠? どうした』

後ろを振り向かなくても分かる。
ストーカーをされている。しかも、かなり近い間隔で。
誠が息を飲んだのを聞き逃さず、千葉が心配そうに尋ねてくる。

それには答えず、誠は歩く足を速めた。
合わせるようにして、後ろの誰かもスピードをあげる。ただ以前と違うのは、誠との距離が、付かず離れずというよりは、今にでも誠を捕まえようとしているのではないかと思わせるほどに近かった。
いや、実際に捕まえようとしているのかもしれない。

そう感じて、誠は一気に走り出した。






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