02




居酒屋でのバイトが終わり、誠は早歩きでアパートを目指す。
もうストーカーにはアパートの場所はおろか部屋の番号まで知られているのでできることなら引っ越したいが、大学近辺に住むことになればまたすぐに見つかるし、そもそも引っ越しをするほど金はない。
なので今日も、後ろからの嫌な気配を感じながら進むしかない。

なんとか無事に歩き、やっとアパートが見えてきた。
すると、そこの前に一人の男が立っていた。誠が不思議に思いながら夜の闇と同化するその男を見たが、すぐにある事に気付いて盛大に顔をしかめた。
その男は、誠の大嫌いな制服に身を包んでいたのだ。
警察官。誠が、世界で一番嫌いな職業だ。

そんな思いなど知らない男は、やがて誠に気付くとゆっくりと近寄ってきた。
すぐ近くまで来た男は誠よりも遥かに背が高く、誠は悔しく思いながらも見上げてしまう。

「あんたが矢内誠さん?」

アパートの前で立ち止まった誠に、男はそう尋ねた。なんとなく、不躾な尋ね方だ。いきなり現れてなんだと、誠は怒鳴りたい気持ちになった。

「……そうですけど」

そんな誠の返事も、随分無愛想である。
無意識に眉間にシワを寄せ、まるで不審者を見るような目で警察官である男を見上げる。失礼だと分かっていたが、長年抱き続けた警察官への嫌悪は、消える気配がない。
しかし男はそれを気にすることもなく、淡々と話す。

「駅前の警察署の地域課で勤務してます、千葉です。以前から通報があったあんたのストーカー被害について、お話を伺いに来ました」

男、千葉の言葉に誠はぎょっとした。
誠はストーカー被害について通報なんてしていないが、この男は井沢が以前から言っていた先輩だ。井沢からの報告を受け、今日こうして来ることになったのだろう。
千葉の顔は暗くてよく分からないが、その声がなんだか面倒臭そうな雰囲気があり、誠は苛立ちを募らせた。

「俺別に警察に頼んでないんで。せっかく来てもらって悪いですけど帰ってください」

止めていた足を動かし、そう言いながらアパートに入ろうとする。
千葉はそんな誠の態度に怒ることもなく、小さくため息を吐くと分かりましたと頷いた。

「ただ、通報があった以上仕事をしない訳にはいかないので、数日様子を伺いに来ます」
「は?」
「よろしくお願いします」

千葉は誠にとって聞き捨てならない言葉を残していくと、あっさり引き下がった。
じゃ、夜も遅いので気を付けて、と爽やかに言い、去っていった。
誠は彼に反論すらできず、呆然と去りゆく彼の背中を見送った。

その日は、千葉の影響か、アパートのドアの取っ手を弄られることはなかった。



誠にとって非常に不愉快ではあるが、ここ数日、制服姿の千葉がアパートの周りを巡回してくれるおかげでストーカー被害はめっきりと減った。
誠はストーカーに安眠を妨害されることもなく、徐々に元気を取り戻していったが千葉に感謝するのは癪で、巡回途中の千葉にすれ違っても満足に言葉を交わさなかった。千葉はそんな誠に苦笑しながら、気を付けて帰ってください、と言葉をかけてくれるのだった。

結局、千葉が巡回している間にストーカーの被害はなく、巡回は一旦終わりにすることになった。
最初に会った時のようにバイト終わりアパートの前にいた千葉にそう報告され、誠は分かりましたと了承した。

「またなにかあったら連絡ください。これ、交番と、俺の携帯の電話番号です」

誠は、大嫌いな警察相手ではあるが、被害がなくなったのは紛れもない事実で、いつもなら連絡先などいりませんとつっぱねるところを渋々受け取った。
実際、千葉は時間を割いて毎日巡回に来てくれたのだ。警察が嫌いだからと礼を欠くのは、非常識だろう。

千葉は、誠が連絡先を書いた紙を受け取ったことを意外に思いながら、それでは、とそこを離れようとした。が、すぐに小さな声に呼び止められ、その足を止めた。

「あ、あの」
「はい?」
「あ、ありがとうございました」

小さな小さな声だった。
それでも千葉の耳には届き、千葉は驚いて目を見開いた。
後輩の井沢から、誠が大の警察嫌いであることを聞いていたので、鬱陶しがられはすれども、お礼を言われるとは微塵も思わなかったのだ。

千葉は俯く誠を、なんだか可愛いと思った。顔はもちろんだが、確かにこれはストーカーをされる素質があるかもしれない。

「……気を付けて帰ってくださいね」

千葉は誠にそう言うと、アパートから去っていった。




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