50000 | ナノ


「このベッドは?」
「盗みました!」
「この寝巻は?」
「盗みました!」
「この海楼石は?」
「盗み、いたっ!」

力の入らない手で投げた灰皿がごつんと奴の額に当たり、耳障りなほどはきはきとした声が痛みに呻いて止まった。うずくまる男は恨みがましい目でわざとらしく睨んでくるが、海軍支部の一室を盗品だらけにしておいて睨まれる筋合いはない。
盗んだ海楼石の手錠で自由を奪われ、いつの間にか着せ替えられた盗品の寝巻を身につけたおれを、どうやって運んだのか誰かのキングサイズベッドに転がしたのは、海賊や、まして身内の海軍でもない。海のある場所ならばどこにでも現れる泥棒だ。どこで目をつけられたのやら、気付けばこいつとはもう随分と長い付き合いになる。気付いたら部屋に入られていること数え切れず、海軍の制服や生活用品を盗っては「次はスモーカーくん本体が欲しいな!」とふざけたことを抜かして去っていく。ろくな男ではないが、盗む技術に関しては下手な海賊などかわいく見えるほどタチが悪い。つい先程もそうだ。捕まえようとしていた海賊の船が、竜骨のない状態で見つかった。沈みかけた船にしがみつく海賊は、みな一様に「取られた」のだと言う。妙な男が来て、竜骨をもらうと宣言した途端に船が沈み始めたのだと。要するにこいつの仕業だ。価値も使い道もないようなものを盗んで何をしようというのか、まったくこいつはタチが悪い。

「てめェなんのつもりだ」
「ごめんね、忙しそうなスモーカーくんにゆっくり休んでほしくて…」
「てめェが来なけりゃ海賊一隻捕らえてあとは休憩だったんだよ」
「うん、だからお手伝いしたじゃないか」
「…あ?」
「竜骨引っこ抜いてやった!」

ぱちんとウインクする顔やふざけた声色はまるで悪戯っ子だが、そんなかわいいものではない。海賊団の一味が丸々溺死の危機だ。実際半分は既に海王類に喰われてしまっていた。阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出したのが目の前のこの男だとはにわかに信じがたい話だろう。あどけない顔付きに虫も殺せなさそうな優しい目の色。子供っぽい言動のどれもこれもが中身と釣り合っていない。しかし現実に人の大切なものや命をあっさりと奪ってしまうのだから、やはりこいつは犯罪者なのだ。憎むべき海のクズだ。

「…おい、それより早く外せこれ」
「え、せっかくゆっくり休んでもらおうと遠路はるばる用意したのに」
「能力者が海楼石付けられてゆっくりできるか」
「だってスモーカーくん放っとくと24時間臨戦態勢じゃん?無理矢理にでも休んでもらおうと思って!」
「お前みてェな犯罪者がいるせいでおちおち休んでられねェんだよ」
「スモーカーくんの為なら何を盗むのも朝飯前さァ」
「てめェの犯罪をおれのせいにするんじゃねェコソ泥が」
「ま、そのうち君のハートを盗んでみせ、ぶふぅっ」
「自分で言っといて自分で吹き出すな!唾が飛ぶだろうが!」
「だめだ思ったより恥ずかしかった!あはははは!」
「うるせェ!」
「うん、ごめんね」

すとんと落ちるように上がったテンションを元に戻した男は、穏やかに笑ってベッドに腰掛けた。左手でぐしゃぐしゃとおれの髪を乱し、頬を撫でる。

「隈が出来てる。少しやつれた?」
「…うるせェ」
「出世したい気持ちはわかるけど、無理しないでね、心配なんだ」
「泥棒風情に心配される筋合いはねェよ」
「どう言われようが心配だよ。スモーカーくんのことが大好きだもーん」

冗談のような口調で笑いながら、啄むようなキスが降りてくる。薄い生地の寝巻の上から鎖骨を撫でられて、くすぐったさに身をよじると同時に唇の中にぬるりと舌が入ってきた。首をのけ反らせて避けても追いかけて深く口づけられる。力が入らない。

「…スモーカーくんが大人しい。海楼石すげェ」
「………うるせェ」
「最初は舌噛もうとしたりキッツイボディブローかましてきたりしたのにね」
「しつっこいんだよてめェは」
「だって好きなんだもん。あー、おれもスモーカーくんに追いかけてほしー」
「インペルダウンに入りたきゃ手続きだけは手伝ってやるぞ」
「捕まりたくないけど、スモーカーくんには追いかけられたいんだよー」

すりすりと頭を胸に擦り付けられて、背筋が痺れを生む。自由を奪われていない時には遠慮なく押し倒したり服を破いたり体を舐めてきたり、こんながたいのいい男相手に何が楽しいのか手を出そうとしてくるのに、今日に限ってはキスと軽い愛撫だけでそれ以上は何もしようとはしない。居心地が悪くて首を捻れば、何かを見透かしたかのような瞳がおれの目をじっと覗き込んできて肝が冷えた。

「…なんだよ、外す気になったのか?」
「うーん…本当はもっとやらしいことしたいけど、時間切れみたいだ」
「あ?」
「体大事にしてね、またね」

あいしてるよスモーカーくん。早口でそれだけを言って最後にひとつだけキスを落とすと、男は床に手錠の鍵を落として自分は煙のように姿を消してしまった。直ぐさまどたどたと鳴り響いてくる足音。「スモーカーさん!防犯カメラに侵入者が!」。たしぎの声。相変わらずどんくさそうな慌て方に八つ当たりしたくなる。わざとかよ、どいつもこいつも。

(海楼石付けられたからって、まったく抵抗できねェわけがねェだろうが)


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