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※netaのこれの続き



こんなに目まぐるしい1日を、60年近く生きてはいるが初めて味わった。
まずは朝。夢からの再会に咽び泣いた初老の男と、その目の前で不敵に笑っている強面の偉丈夫というのは周囲を誤解させるのに十分な光景だったらしい。近隣の奥様に通報されて駆け付けてきた警察を、違うんです旧友に思わぬところで会えてびっくりして泣いてしまったんですいえ本当です脅されてません本当なんです、と説き伏せるのに30分掛かって、再会の感動も味わえないまま慌てて出勤し、懐かしい気さえする学校のあちこちで見知っている顔を発見してさらに驚愕の悲鳴を上げた。相手はその驚愕の意味に気付いたらしく、すぐさま手荒な歓迎   特にエースには、腰が折れるかと思うほどの突進と抱擁に死を覚悟した    を受け、さらに夕方、ニューゲートの元には社会人であるマルコやサッチ、ビスタらが集まっていたので更に驚いた。
先生が思い出した。忘れてなかった。このやろう散々無視しやがって。
次々溢れる喜びの声は、荒々しい抱擁や挨拶がわりの平手打ちと共に痛みすら伴って胸を打つ。忘れていたわけではない。正確にいえば、今朝知ったのだ。けれど彼らにとってはなまえ一人が記憶を落として他人となってしまったのだから、どんなにか嫌な思いをさせてしまっただろう。それでも再びあの日々のように迎えてくれたことが嬉しくて、また少し泣いた。歳をとるのはいけない。涙腺が緩くなって、「なに泣いてんだよ、先生」と笑われてしまう。けれどその声も、ほんの少しだけ涙に濡れていたのをなまえは知っていた。


    おれにとっては、今朝のことなんだ。あれだけ長い年月、ずっと夢を見ていた」
「…そうか」

合点がいった、とばかりにニューゲートは頷く。静かな夜。周囲には酔いつぶれて転がる元海賊達。今でも変わらず、大勢で騒ぐのが好きなようだ。再会記念のパーティーだといって、散々飲んで食べて歌って、そのひどく平和な光景にどうして泣かずにいられようか。嬉しいんだ。またこうしていられることが。ニューゲート、お前と二人で、酒を飲めることが。

雑魚寝する男達に適当な毛布を掛けて、ぽつりぽつり会話をした。夢のこと。朝のこと。今のこと。忘れていたのではなくて、知らなかったこと。その全てにニューゲートは頷いた。

「なんにせよ、また会えてよかった」
「そうだな」
「また、みんなでいられたらいい。あの日々の続きを、おれは見たい」
「ああ」
「…なァ、ニューゲート」
「あ?」
「定年になったら世界旅行に行きたかったっていう話、覚えているか」
「あァ、いつだか言ってたな」
「お前が良ければ、まァ、どこかひとつの国でもいいんだが、二人で旅行に行きたいんだ」
「あァ、悪くねェ」
「それで気に入ったら、しばらく定住して、そこの国籍をとって」
「…あ?」

計画の目的が逸れていることに、ニューゲートは眉をひそめて訝しんだ。ベルギーやスペイン、ああ、北欧なんかもいいなァ。いくつか挙げた候補地は、どれもが同性婚を認めている国だ。
勿論、日本に帰ってきてしまえば外国の法律など無意味だし、結婚したところで特別になることなどなにもない。けれどあの日々の中で清水の舞台から飛び降りるつもりで告げたプロポーズは、夢で終わらせてしまうつもりなどなかった。ニューゲートの手に、手を重ねる。ひたりと視線を合わせると、鋭い目力に少しだけ恐怖を感じた。あの時は確かに同じ想いだったはずだ。でも、今は?今もニューゲートは、おれと同じ想いでいてくれているのだろうか。

「…ニューゲート、結婚しよう。今度こそ、名実共に"白髭"になってくれ」

    なーんて、な。
ぴんと張り詰めた空気に耐えきれなかった。茶化して終えようとした言葉の続きは、がちゅんと何かが口にぶち当たって消える。なまえの歯と唇が、ニューゲートの歯と唇に塞がれたのだ。勢いの良すぎるキスに、照れるよりも先に痛みで身悶えるが、至近距離で見えるニューゲートの目元が淡い紅に色付いていることに気付いて、なまえもそっと瞼を閉じた。

夢から始まった老いらくの恋は、もう少しだけ、せめてこの現実でもう一度死ぬまで、続けてしまっても良いようだ。


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