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長期の任務に出る、と伝えたルッチに、返ってきた言葉は簡潔なものだった。

「ふぅん、そう」

一言だ。興味もない様子に、少なからず驚いた。確かになまえは未だ人間に興味を示さないが、ルッチに関しては別である。甘ったるい声で話し掛け、頭を撫で、キスをして、わがままを聞き、子供にするように抱き上げることもしばしば。そりゃあもう大好きですと言わんばかりの言動に慣れていたルッチは、何年も会えないと知ったからにはさぞ消沈するだろうと思って教えてやったというのにこの態度。拍子抜けである。

「…一ヶ月や半年では済まんぞ」
「長いね」
「その間、戻ってくることもない」
「きっと君は今よりもっと男前になっているんだろうね」
「お前のことなんか忘れているかもしれんな」
「忘れないよ」
「随分な自信だ」
「君こそ、おれがその間にジャブラ様に乗り換えるとは思わないの?」

聞き捨てならない。ぶわっと背中の毛が逆立ってみるみるうちに豹の姿に変わっていくルッチに、なまえは嬉々とした笑顔で「ミケ」と呼んで抱き着いた。
ミケがルッチであることが秘密ではなくなっても、彼の中のミケは健在である。砂糖に蜂蜜を掛けたような声でルッチではない名前を何度も呼びながら、毛皮を撫で回して鼻先や眉間にキスを落とした。ルッチは正直、これも気に入らないのだ。ルッチには時折意地の悪い一面も見せるというのに、ミケにはとことん甘い。中身は一緒だと知っているはずのなまえは、臍を曲げたミケのご機嫌取りに必死である。

「ごめんごめん、ジャブラ様に乗り換えたりなんかしないよ。おれが好きになれるのはきっと君だけだ」
「…疑わしいものだな」
「こんなに好きなのにわからないかなあァ」

なまえの言う「こんなに」がルッチにはわからない。ルッチには意地の悪いことを平気で言うくせに、ミケと比べたら扱いはひどく悪い。威嚇の唸り声を上げる口をなまえは自らの唇で塞いで、「ごめんね」と謝った。しゅるしゅると人間の形に戻っていくルッチの頬を撫で、額を擦り寄せるなまえは、至近距離のまま少しだけ意地の悪い顔で笑う。

「休暇を貰って、会いに行くよ。君がどこの海にいようが、必ず」

どこへ行くの?とまるでバカンスの行き先でも尋ねるような気安さで問うなまえに、ルッチは鼻を鳴らして馬鹿にする。「お前みたいな一介の雇われ庭師に機密を漏らすわけがないだろう」。それは当然のことだったが、彼は首を傾げて「おれに漏らしたところで、伝える相手がいるわけでもあるまいし」と笑った。確かに、事実だ。彼には重要な機密を話せる友人や仕事仲間はおろか、世間話をするようなコミュニケーション能力すらない。しかしルッチは口を閉ざしたまま、不機嫌になまえを睨んだ。なまえは苦笑して、ルッチの柔らかな黒髪にそっと鼻先を埋める。

「じゃあ、電話をするよ。手紙でもいい。君は返事なんかしなくても構わないから、月に一度ハットリをこっちに飛ばして、無事を確認させて」
「おれが無事ではないと思うか?」
「思わないねェ」
「お前に無事を報告する義務があるか?」
「ないねェ」
「お前がハットリに会いたいだけじゃないのか?」
「それもあるねェ」
「…………」
「なんて怖い顔だ。そう睨まないでくれよ」

おれが寂しいだけなんだ。ふわふわとした声でなまえは言う。そしてルッチの首筋を慣れた手つきで撫でながら、甘ったるい声色で耳元に囁いた。

「行っておいで。一年でも三年でも、十年でも、おれは君を待っているから」

その言葉にルッチは何も答えず、なまえの首筋にがぶりと噛み付く。くっきり残った人間の歯型は、それでもきっと一日も経たずに消えてしまうだろう。がぶがぶがぶがぶがぶ、鼻や頬、喉笛に首、肩、鎖骨を噛んでいくつもの痕を残していくルッチは、人の肉を噛む感触に興奮して徐々に獣の形へ姿が変わっていく。艶のある毛並みに鋭い爪。骨さえ噛み砕く牙をされるがままに受けいれながら、喉の奥でなまえは楽しそうに声を震わせた。

「…おれは君が無事かどうかよりも、その噛み癖を我慢出来るかの方が心配だよ」

    うるさい。
お前のせいで、こんなにも歯痒くなってしまうんだ。


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