50000 | ナノ


ごろりと廊下に転がされたなまえの頭部を発見して、ペンギンは驚くことも拾ってやることもせずそのまま通り過ぎようとした。「薄情な男だ」。恨めしそうな低音にようやく足を止めてしゃがみこむ。むすっと口を引き結んだなまえは、助けてくれともどうにかしてくれとも言わない。言えないのが事実かもしれない。どちらにせよ言われたところで、ペンギンは手を貸してやるつもりなどなかった。どうせいつもの『お仕置き』の最中だ。余計な一言が多くて、ローをいつも怒らせている。いっそのことその口を針と糸で縫ってしまえばいいのだ。むすくれた彼の両頬を、ペンギンは片手で挟んで唇を尖らせた。むにむにといじくれば明らかに彼は苛立って額に青筋を立たせていたが、抵抗の為の手足は今やローに没収されているのだ。されるがままである。

「今度は何を言ったんだ?助けてくださいと言えれば口添えしてやっても構わないぞ」
「うるせェ自己主張激しい帽子被りやがってナルシストが」
「………………」
「いぎぎぎぎぎ…っ!」

顎が割れんばかりの力で挟んでやれば、悲鳴のような軋んだ声を出す。ニヤニヤ笑うペンギンに、なまえはとても悔しそうだ。一言多いくせに、大事なことは言わないからこんなことになる。
昨日はべたべたくっついてくるローに「あんた暑苦しいな」と言って殴られていた。自分からは決して離れようとしないくせに。
一昨日なんかはローの髪を引っ張って蹴られていた。触りたいだけだと言えば良いのに。
なまえは自分の気持ちに嘘をついてばかりだ。自由を愛する海賊という職業でありながら、体裁を気にしてばかりで好きな人に好きだと言うことも素直に触ることも出来ない。
ペンギンは鼻で笑って、なまえの頬から手を離した。「そのうち船長が回収しにくるだろ」。悔しそうな顔が嫌そうな表情に変わる。

「薄情な男だ」
「助けも求められないくせに何を」
「………」
「それとも船長に構ってほしくてそうしてるのか?」
「ばっ!んなわけねェだろうが!」

顔を真っ赤にして怒られても迫力がない上に、体がなくて危害を加えられる恐れもないものだから怖くはない。もう一度鼻で笑ったペンギンは、しかしすぐに真顔に戻って足早になまえの頭部から離れた。なまえは喚いているが、もはや遊んでいる場合ではないのだ。恐ろしい気配が、廊下の向こうから近付いてくる。

ずる、ずる。成人男性の体を簀巻きにして片手で引き摺り運んでいるのは、ペンギンが察した通り、ローだった。頭部を回収しにきたらしく、すれ違ったペンギンに「よォ」と挨拶する姿はまるで殺人犯だ。ペンギンはなまえのことなど何も知らないような顔で挨拶を返し、やがて背後から響いてくる悲鳴を聞かないために足を更に早く動かした。

ペンギンは自分に嘘をつかない。嫌なものは嫌、好きなものは好きだ。関わりたくないことは、いくら仲間のことだといえど絶対に関わらない。
素直が一番。彼が気付くのは、一体何度痛い目に遭った後なのだろうか。回避しきれなかった悲鳴を微かに聞き流して、ペンギンは苦笑した。


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