50000 | ナノ


効率を考えるのは当然だ。要領が良くなくては諜報部員など務まらない。必要な人間を生かすためならば盾になることも厭わない精神は、正しいと言えば正しいのだろう。

例えばの話、CP9の紅一点であるカリファは女であるという事実だけで貴重な人材だ。ハニートラップを使用出来るのは、諜報部員として強い武器となる。そんな彼女の美しい顔や体に傷がつくくらいなら、おれの腕一本くらいくれてやると庇って骨折したなまえの判断は、やはり正しいと言えば正しいのだろう。鉄塊が通じなかったダメージをカリファが受けていたら、確かに傷痕が残るのは必須である。

これが効率だ。替えのきかない人間より、替えのきく人間が怪我をするべきと考えた彼を間違っているとは誰も言わない。
しかしCP9のメンバーは、彼に他意があることも気付いていた。カリファとなまえは血の繋がった姉弟である。そしてなまえと言えば、口を開けば姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さん姉さんねえさんねえさんねえさんねえさんねえさんねえさんねえさんねえさんねえさんねえさん。
誰がどう見ても、シスコンだった。


「…おれはCP9の為を思って姉さんを庇ったというのにこの評価。パワハラだ」

利き腕にはまったギプスには、長官によって大きく汚い字で『シスコン』と落書きされている。なまえはCP9で唯一と言っていいほど長官の思い通りになる男だったので、ナメられているのだろう。実際彼は生来の真面目さゆえに、上司には逆らわない。任務は言われた通りにこなし、口答えもせず、長官の思い上がった自慢話を大人しく聞くこともしばしば。だからこそ、こうして時折ポツリと漏らす愚痴がルッチには新鮮だった。

「…普段の行いを省みることだな」
「おれのどこがシスコンだって言うんだ。姉さんの美しい顔や体が傷付くなんてCP9の、いや世界政府の損失だろ」
「そこまで言っていて自覚がないのか。重症だな」

ルッチとてカリファが美人の類に入るとは思っているが、なまえほどの認識はない。カリファが死んだとて、CP9候補生に女がいないわけではないのだ。補充は出来る。庇ってまで守ろうとは思わない。長官だとてそうだ。ルッチはスパンダムを長官だと思ったことはあるが、上司だと思ったことはなかった。

「おれは長官が怪我しそうになっていても庇うけどな」
「本人に言ってやれ。『当然だ』とふんぞり返るぞ」
「パワハラだ…」
「分かりきったことだろう」

ふん、と鼻で笑うルッチを、姉と揃いの眼鏡越しに見るなまえの目は恨めしそうに歪んでいる。しかしすぐにいつもの真顔に戻ると、「まァ、世界平和の為になるならおれは何だって構わん」と呟いた。独り言にも近いそれは、自己犠牲の表れだ。いつか彼は平和の為に殺されるだろう。あるいは姉の為に。そのどちらも、ルッチは気に食わない。
弱いのに戦場へ立つ人間はそれだけで罪だ。盾ならば木材や鉄板で済む。ましてCP9だというのに、誰かの盾になることを考えている人間など必要ない。ルッチが不機嫌になったのを察知してか、なまえは鼻で笑った。ルッチを馬鹿にしたというよりも、軽い冗談混じりの笑い方だ。「そんな寂しそうな顔するなよ」。馬鹿げた冗談に、ルッチの眉がぴくりと跳ね上がる。

「無事な方の腕もへし折ってやろうか」
「馬鹿言うな。働けなくなるだろ」
「利き腕を使えなくしてまだ働けるつもりでいるのか役立たず」
「腕が無くても足がある。足が無くても体があれば、まだ誰かの盾くらいにはなれるさ」
「せいぜいカリファや長官の前に立ってろ」
「別に二人だけじゃない。    ルッチ、お前が危なくなっても、おれはお前を庇うよ」

お前になんか庇われるような事態になるかバカヤロウ。
悪態をつこうとしたルッチは、「お前が大事だからね」と重ねられた言葉に口をつぐんだ。それはルッチがCP9の核だからだ。他に意味などないはずなのに、彼が理由を言わずに黙り込むせいでどこかおかしな響きを持ってルッチの腹に落ちる。

「…報告書、書かなきゃ」

何事もなかったかのように仕事の話に戻るなまえは、ルッチなど視界に入っていないかのように立ち上がって背を向けた。ルッチは急激に蹴りたくなる衝動に駆られる。無防備なその背中を蹴って殴って引っ掻いて噛み付いて、手も足も体も二度と使えなくなったら今度は誰の為を唱えるのだろうか。

「なまえ」

呼ばれて振り向く彼の顔を、今すぐ八つ裂きにしたい。それは殺意よりも柔らかくて、むず痒い感情だった。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -