50000 | ナノ


ミホークの留守中に、シッケアール王国の古城は随分と騒がしくなってしまった。血気盛んな若者と、感情の起伏が大きい小娘がいつの間にか紛れこんでいたのだ。たかが二人、されど二人、ミホークとなまえの二人だけで住んでいた頃は人の声すら聞こえるのが稀有なことだったが、今は違う。若さとはこうまで口数増やしてしまうのかと自分の歳をしみじみ感じてしまうほど、よく言えば賑やかで、悪く言えばうるさい。
しかし自分の若い頃や、二人とそう歳の変わらないなまえを考えても無言の多い日々を過ごしていたので、これは性格や生きてきた環境の違いというものなのだろう。それはそうだ。若者はさておき、あの小娘はうるさすぎる。ミホークには理解が出来ない生き物だ。

「今日はココアじゃなくてホットチョコレートがいいんだァ!」
「だから用意しただろ、ほらこれ」
「馬鹿かテメー!溶けたチョコレートのどこがホットチョコレートだよ!」
「…ホットチョコレートって熱したチョコレートじゃないのか」
「ちげェよ馬鹿!うわあああんもう嫌だああモリアさまぁあああクマシいいい!!!」

部屋は離れているはずなのに、泣き喚く声とそれを遮って宥めるように大きく発したなまえの声がミホークの耳に届いてくる。もはや日常となってしまった騒音に、しかしいつまで経っても慣れはしない。いっそのこと斬り伏せてしまえば静かにはなるのだが、そうもいかない理由がある。

「おい泣くな、またぬいぐるみ買ってきてやるから。ホットチョコレートも、作り方を誰かに聞いてくるまで待ってろ」
「うう…っ、くまの、おっきいぬいぐるみがいい…っ!」
「わかった。ホットチョコレートの他に食べたいものは?」
「ホットチョコレートは飲み物だ馬鹿ァ…!」
「わかった」
「…ワッフル、食べたい…マカロンも…」
「ワッフルとマカロニだな、わかった」
「マカロンだ馬鹿ァ!」
「わかった」

次から次へと繰り出されるワガママの数々に逐一真摯な声色で「わかった」と頷くなまえは、余程あの小娘が気に入ってしまったようだ。元々腐れ縁で知り合ったなまえをミホークの世話役として半ば無理矢理クライガナ島に連れて来てしまったため、ミホークに対してはせめてもの抵抗とばかりに冷ややかな態度をとっているが、あの小娘に対してはどんなに我が儘を言おうと甘やかしている。唯一拒否をするのは「かわいい召使が欲しい!」という要望のみで、その拒む真意だとて嫉妬のようなものだ。おれがいるだろ、となまえは言う。小娘にそれが通じているのかはわからないが、存外世話好きの面も見せる彼女が甘えて泣きわめいて駄々をこねるのはなまえにだけなのだから、まァ、勝手にやれとミホークは思う。色恋沙汰に興味はない。

「ミホーク、少し出てくるからな。用事ならゾロにでも頼め」
「ふん…」
「それは返事なのか相槌なのかはっきりしろといつも言ってるだろう」

少しの小言を残して、なまえはさっさと背を向けてしまう。お互い元々会話が多い性格でも相性でもなかったが、ただでさえ少ない会話が近頃めっきり減った。小娘に掛かりきりになったのが原因だ。
    あれはおれが連れてきたのだが。
腑に落ちないような部分もあるものの、実際なまえが取られて悔しいというわけでもない。ただ静かにさせろとは思う。

なまえがなんの未練もなくバタンと閉めたドアの向こうで、遠ざかろうとした足音を追い掛けるように軽い足音が聞こえた。普段の霊体ではない、わざわざ実体で走ってきたようだ。ミホークの部屋の前、ドアを隔てて若い男女の会話が筒抜けになって聞こえてくる。

「私も連れてけ!」
「なんで?」
「お、お前一人じゃ、また間違えるだろ…!」
「………デート?」
「ち、っがう!」
「じゃあ連れてかない。ヒヒに狙われたら危ないだろ」
「そんなの…お前が、いれば…」
「え?なんて?」
「いいから連れてけ!」
「デート?」
「調子乗ってんじゃねェぞ!」
「デート?」
「で、デートでいい!もう!おめでたいやつだな!」

駄々漏れである。
聞くだけでも面倒臭くなってきたミホークは、黒刀を声の方に向けて一振りした。ばかん、と音を立てて割れるドア。外を覗いて見れば、驚愕の表情で抱き締め合って床に転がる二人がいたものだから、ミホークは一仕事終えたような満足感に包まれた。「危ないだろうバカの目ェ!!」と怒られたとて、静かにしろと思う、ただひたすらにそれだけだ。

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