50000 | ナノ


ルフィと戯れるシャンクスを遠くからじっと眺めるなまえを見て、ベックマンは声を掛けるべきかどうかとても悩んだ。
『お前も混ざってきたらどうだ?』。これはおそらく、なんでおれがそんなこと、と拒絶の言葉が出てくるに違いない。
『見てるだけじゃお頭は構ってくれないぞ?』。こんなことを言えば烈火の如く怒り出すのは火を見るより明らかだ。
『お前がお頭に冷たい態度取ってばっかりいるから、ルフィに鞍替えしたんじゃねェか』。これこそ、一番なまえにダメージを与えてしまうだろう。なまえには冗談が通じない。少し悩んだ挙げ句、ベックマンは無言でなまえの隣に腰を降ろしてなまえの視線の先のシャンクスとルフィを眺めた。なまえはベックマンをちらりと横目で見るが、何も言わずにまた二人に視線を戻す。ルフィはシャンクスの足元に絡み付き、シャンクスはルフィをからかって遊んでいた。親子といっても遜色がないほど仲が良さそうな光景だ。

このなまえという男、若いながらに腕が立ち、物怖じせず敵へと突っ込む度胸をも兼ね備えている。紛うことなき赤髪海賊団のホープと言えよう存在だが、口下手と見栄っ張りがどうにも玉に傷だ。傍から見ても分かりにくいのがさらに難点で、高飛車な男だと誤解されることも少なくはない。
本来はとても優しく、情の深い人間である。表現の仕方が壊滅的に下手くそなだけで。

「……お頭は、ちょっとルフィに構いすぎじゃねェか」
「………」
「次の航路に関して話してェことがあるってのにな…」
「…………」
「…なまえ、呼んできてくれねェか」
「……なんでおれが」

ようやく返事をしたかと思えば、随分と機嫌の悪そうな声だ。本当は邪魔したくて仕方がないくせに、自分からは行けないし周囲の手助けも素直には受け入れられない。損な性格だ。シャンクスはそんなところが気に入っているようだが、ベックマンには面倒で仕方がない。ただ放っておけないのも確かである。
ベックマンは気付かれないよう小さく溜め息を吐いて、切り札を出した。「副船長命令、だ」。根が真面目ななまえは、その言葉に逆らえない。けれどベックマンには、なまえが内心そう言われることを待ち望んでいるのも知っていた。面倒臭い男なのだ。本当に。

ち、と小さく舌打ちをしたなまえは、渋々といった様相でのそのそと二人に近付いていく。ベックマンは一仕事終えた気分で煙草をふかしてその背中を見守っていた。もそもそと話しかけるなまえに、明るい笑顔で対応するシャンクス。いっそのこと、何だその態度は、と叱ってやれば反省するのかもしれないが、シャンクスは決してそうはしない。遊んでいるのか、甘やかしているのか。そのどちらともなのかもしれない。溜め息とともに紫煙を吐き出したベックマンの足元で、「副船長!」と素直そうな声が高らかに響いた。いたのはルフィ一人だ。
おや。なぜルフィが。
呼んだシャンクスを探して虚空に向けていた視線を彷徨かせるが、シャンクスどころかなまえさえ見当たらない。「シャンクスが、副船長に伝言!行きたくねェからなまえに説得されてくるって!」。    なんだそれは。



    嫌がるなまえの腕を引っ張って、シャンクスは物陰に移動した。相も変わらず不器用な我らがホープは、ろくに抵抗しないくせして顔ばかりはしっかり不機嫌そうだ。面倒臭いとベックマンは言う。確かにそれは否定しない。けれどその面のしたに隠された欲求は真っ直ぐにシャンクスへ向かっていることを知っていたので、シャンクスはなまえが可愛くて可愛くて仕方がないのだ。

「…お頭、ベックマンさんが呼んでるっつったろ」
「でもおれは今あいつと話したくねェ気分だし」
「喧嘩でもしてんのか、いい大人が」
「お前と話してェんだよ、なまえ」

ぐ。なまえが息を飲む。いくら平静を装ったって、赤く染まる耳は隠せない。シャンクスはその反応によしよしと頷いて、なまえの首筋に手を回した。「なんだよ」。嫌がるふりはいつものこと。けれど決して、突き放さない。

「なァ、キスしてくれよ」

シャンクスは自分の唇を指で示し、挑発的に顎を少し上げた。「なんでおれが」。嫌そうになまえは視線を逸らすが、見えた耳は更に赤みを増していた。照れているのだ。シャンクスには分かっている。

「じゃなきゃベックマンのとこ行ってやんねェよ?」
「今後の航路のことだぞ」
「知らね」
「自分の船だろ」
「おれが決めなきゃあいつが決めるさ」
「副船長命令で、連れてこいって言われたんだ」
「じゃあおれは船長命令な」
「あんた…そりゃ職権乱用っていうんだぜ」
「知ったこっちゃねェな。早くしなくちゃベックマンに怒られちまうぜ?それと船長命令無視で1ヶ月間トイレ掃除の罰だな」
「ひ、卑怯者…」

ようやく観念したらしいなまえは、真っ赤な顔でシャンクスの肩を掴んで引き寄せた。「船長命令で仕方なくだからな。トイレ掃除が嫌だから仕方なく、だからな」。そんな建前が無ければキスさえ出来ない。不器用で意地っ張りで、素直になれないなまえ。シャンクスにとってはかわいくて仕方がないのだ。構いたくなるし、こっちが無理矢理にでもキスさせてやるのだってやぶさかではない。

「はーやーくーしーろーよー」
「うるせェな…口閉じろよ」
「ん」
「…ん」

嫌々のていでキスをするくせ、実際合わせた唇は熱くて情熱的なのだから。シャンクスはとても満足だった。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -