給湯室でエンヴィを見掛けたヒナは、振り返った彼の顔を見て内心『またか』と可哀想な気分になった。ひどい顔だ。瞳の奥が澱み、口元は固く結ばれている。
柔和で温厚だと評される性格や、中身に似合った優しそう外見はそれだけで好かれるのだから得といえば得なのだろうが、誰も彼の奥底に押し込められた真っ黒い感情には気付かない。エンヴィなら大丈夫だろう、エンヴィなら許してくれるだろうという甘えが彼を追い詰めてしまう。その最たる例が恋人だというのだから、皮肉なものだ。なにもわざわざそんな男を選ばなくても、もっと他にいただろうに。
「ひどい顔してるわ、ヒナ同情」
「…そうかな」
「ヒナにはわかるの」
「さすがヒナちゃん」
「伊達に長い付き合いしてないもの」
「そうだねェー…、……」
不自然に途切れた言葉尻の後、無言になったエンヴィはスモーカーのことでも考えているのだろう。長い付き合いだというのならスモーカーだって同じだが、スモーカーには決してエンヴィの機微などわかるはずもない。断言したっていい。四六時中一緒にいたって、周りなど見えなくなるくらい愛し合ったって、エンヴィの深意は理解出来ないのだ。スモーカーがスモーカーのままならば、それは決して。
「スモーカー君は、あなたに甘えてるのよ」
「そうだね、そしてヒナちゃん、君にもね」
「…………」
「…どうして、おれだけじゃ駄目なのかな…」
フォローのつもりが、とんだところに飛び火した。右隣に立つエンヴィからは抑えきれない殺気が漏れ出ていて、頬がピリピリと痛む。しかしヒナがなんと言葉を掛けようか考えつく前に、エンヴィが火にかけていたケトルがピィピィと甲高い悲鳴を上げた。エンヴィは静かに火を止め、予めコーヒーのフィルターがセットされていた青いマグカップと黒いマグカップ、そして新しく棚から取り出した備品の白いマグカップにもフィルターをセットすると、一つ一つ丁寧に湯を落とし始めた。
「…いい匂いね」
「うん、豆を変えてみたんだ」
相も変わらず几帳面なことだ。こんな雑用などもっと下っ端に任せればいいというのに、彼の上司である青雉がエンヴィの他に任せたがらないのだという。気持ちはわからないでもない。コーヒーだってどうせ飲むなら美味い方がいい。厳選した豆を丁寧に挽いて、適温の湯でドリップしたコーヒーは香りも味もインスタントとは比べものにならない。
だからこそやはり、エンヴィは損だと思うのだ。もう少し手を抜いて、それからもう少し感情の発露が上手くなれば、彼自身楽に生きて行けるだろうに。
「はい、ヒナちゃんの分」
「…あら、いいの?」
「うん、ついでだからね」
「ありがとう、ヒナ感謝」
「どういたしまして」
双眸を緩めたエンヴィは、慈愛に満ちた顔つきでヒナに笑い掛ける。彼がいつだってこんな表情でいられたらいいとヒナは思っているのに、実際は上手くいかないものなのだから、世の中はひどいくらいに不公平だ。
報われない君なんか嫌い