たしぎから見て、エンヴィは完璧な人と言っても過言ではなかった。強くて器用で料理も上手くて、たしぎにはないものを沢山持っている。スモーカーに怒られてばかりのたしぎを、ふんわりと柔らかな笑顔で慰めてくれる優しい人。迷惑を掛けているのに、嫌な顔をするどころか妹のように扱ってくれる。彼の前だと、心のうちに詰まったわだかまりをぽろりと溢すことが出来た。ひとつ溢せばぽろぽろと出てきてしまって、代わりに口の中へ詰め込むのは頬が落ちそうなご馳走や口当たりのいいワインだ。「嫌なことは吐き出して、美味しいもので蓋をしてしまえばいいんだよ」。彼は真綿で包むような声色でたしぎを甘やかした。
ラム肉のソテー。ピンク色のスパークリングワイン。温野菜のサラダ。焼きたてのバゲット。トマトとほうれん草のスープ。どれも美味しくて食べ終えてしまうのがもったいないのに、たしぎをエンヴィの家へ誘ったスモーカーはさっさと胃の中に詰め込んで勝手知ったるとばかりに寝室へ消えてしまった。傍若無人な振る舞いに、エンヴィは何も言わない。たしぎと同じく、スモーカーのことも甘やかしているのだろうか。正反対と言っても過言ではない二人が、どうしてこんなにも仲が良いのか、時折たしぎは不思議に思うのだ。「まあ、同期だからねェ」。彼は首を小さく傾げるだけで、特に気にしてはいないようだが。
「私の同期は、今でも交流がある人って少なくて。仲が悪かったわけではないんですけど」
「そうだなァ、うーん、スモーカーくんはほら、放っておけない性格でしょう」
「…ああ…」
「正しいことを言ってはいるんだけど、強行すれば上の反感を買ってしまうから」
「そうですよね、ヒナさんも、スモーカーさんに怒ってばかりですけど、いつも助けてくれますし…」
「………」
会話が不自然に途切れたことに、たしぎは気付かなかった。アルコールが入ってうとうとと眠くなってきたからだ。朦朧とする意識にたしぎは抗ったが、「眠い?」と頭を撫でる手のひらの優しさには逆らえない。こくんと頷けばまるでバランスを崩して落ちるようにひどい眠気が襲ってきて、たしぎはとうとうテーブルに頭をついた。「いいよ、寝ちゃいな」。それはとどめだ。ハイもイイエも答える間もなく、たしぎの意識は闇へと引きずられていった。
誰にでもやさしいひと