スモーカー長編 | ナノ



「忘れ物ない?」
「ない」
「エターナルポース持った?」
「持った」
「緊急用の子電伝虫も?」
「ある」
「あっちに着いたら基地長に渡す書類は?」
「持った」
「朝に渡したお弁当、船に積んだ?」
「…うるせェな。たしぎに持たせた」
「あっはい!持ちました!」
「そう、じゃあくれぐれも気をつけてね」

眉を下げて手を振るエンヴィを見て、なんだか単身赴任で家を離れる夫を心配する妻のようだとたしぎは思った。G5へ異動するスモーカーとたしぎの二人をわざわざ見送りに来たエンヴィは、道中食べるようにと重箱入りの弁当まで用意してくれた。甘やかされているようで、いつもながらちょっぴり照れ臭い。
この場合、甘やかされているのはどちらかと言えばたしぎよりもスモーカーなのだが、彼は照れるどころかいつものムスッとした表情で「もう出るから、お前は仕事に戻れ」と冷たくあしらっている。もう少し、寂しい素振りだけでもしてあげればいいのに、とたしぎは思うのだ。実際たしぎは寂しかった。今生の別れではなくとも、親しい人としばらく会えなくなるのはやはり寂寞がよぎる。しゅんとした顔で「さびしいです…」と思わず漏らしたたしぎに、スモーカーはイラッとした顔を、エンヴィは優しい顔をして腰を屈め、たしぎの目に目を合わせた。

「おれも寂しいよ、たしぎちゃん。G5は決していい環境じゃないからとても心配だ。ひどいことをされたり、辛くなったらすぐに本部へ異動願を出すんだよ。おれが全力で通してあげるからね」
「おい、甘やかすんじゃねェよ」
「いいじゃないか、甘やかしたいんだ」

彼の厚意はいつもストレートだ。熱くなった頬と涙の滲む目を隠すように俯くと、頭を撫でられてさらに寂しくなった。けれど出港の時間は近付いてくる。いつまでも別れを惜しんではいられない。「行くぞ」。感情のない声で切り出したスモーカーに、たしぎはついていくため足を動かした。

「…いってらっしゃい」
「ああ」

見送る言葉にも、スモーカーが返すのは簡潔な一言だけだ。わざわざ時間を割いて来てくれた人に対する態度ではない。
スモーカーさん、なんというかこう、もうちょっと…。
たしぎがエンヴィの為に言葉をねだろうとした瞬間、スモーカーはぴたりとその足を止めて少しだけエンヴィを振り向いた。

「…おれが戻ってくるまで、待ってろ」

たしぎは、あれ?と思った。スモーカーにしては珍しい、相手に何かを求める言葉だ。エンヴィを振り返る。彼も驚いて、たしぎと同じく目を丸くしていた。しかしすぐにその瞳が柔らかく緩み、たしぎも見たことがないような顔で笑う。あどけない顔だ。いつも完璧で大人っぽい、彼らしくもない顔で、スモーカーに手を振って笑った。


    うん、待ってる」


幸せそうな、顔だった。


温かい惜別を迎えて


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