スモーカー長編 | ナノ



「はい大将、次のお仕事ですよー」

にっこりと満面の笑顔で目の前に積んだ書類は随分と大量だ。クザンが以前脱走した際、仕事を手伝ってもらった中将のところからも引き受けてきたらしい。クザンのブーイングなどものともせず、サインしやすいよう手際よく机に並べる姿はどこか生き生きとしていた。

「…エンヴィクン最近調子が良さそうじゃねェの」
「え、そうですか?」

そうも何も、一時期荒れていた頃と比べると雲泥の差がある。笑顔に不自然なところはなく、瞳も澄んでいて、周囲にはとても親切で優しい。いつかのエンヴィが戻ってきていた。「彼女と上手くいってんの?」。揶揄交じりの問い掛けに返ってきたのは、「彼女?」ととても不思議そうな問い返しだ。おいおいまさかあまりのショックで記憶喪失にでもなったんじゃ、とクザンが背中を冷たくさせていると、思い当たったのかちいさく納得の声を上げて恥ずかしそうにはにかんだ。

「あれから二人で少し話し合って、おれも我慢しないことにしたんです」
「へェ!いいんじゃねェの?」
「ええ、スモーカーくんも何だかとても甘やかしてくれて、気を遣わせて悪いなァとは思うんですけど、すごい幸せなんです。幸せで泣きたくなるくらい」
「あららら、のろけちゃって…、…………………………………………スモーカー?」
「はい、大将にまでご心配掛けてしまってすみません」
「えっ、いや………スモーカー?」

なぜ今、スモーカーの名前が出てくるのか。自然にポロリとエンヴィの口から出た固有名詞は、話の流れ上は件の彼女のものであるはずだ。しかし戸惑っているクザンを尻目に、エンヴィは言葉に違わずとても幸せそうに頬を緩ませている。「スモーカーくん、すごく優しいんですよ。いえ勿論、おれは昔から知ってましたけど」。紛うことなく惚気のそれに出てくる名前は、やはりスモーカーだ。クザンの部下で、色恋沙汰に興味などなさそうな仕事人間の朴念仁だ。
    ああそうね、あいつなら恋人なんか省みず平気で泣かせてそうだよね。
混乱と同時に納得もしたが、あれとエンヴィが付き合っているという事実が衝撃的すぎて頭が追い付かない。置いてきぼりを食らっているクザンを余所に、時間の経過を知らせるチャイムが室内に響いた。エンヴィは愛を並べ立てていた口を閉ざして、パッと時計を見る。

「すいません大将、スモーカーくんがG5に向けて出港するの今日なんです。休憩頂くついでに見送り行ってきますね。なにか彼に伝えることありますか?」
「…いや、ない、けど」
「じゃあ行ってきます」
「あ、はい、いってら……」

エンヴィがドアの向こうに消えるまで、クザンは放心状態だ。スモーカーって。いやまさか、スモーカーって、思うはずないじゃん。そもそも恋愛対象にならないでしょうよ。スモーカーって、スモーカーって!!

「………………ま、幸せそうだから、いいか」


春がきた、きみの春だ。


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