スモーカー長編 | ナノ



    今日の夜、空いてるか」

クザンとの話の後、廊下まで見送ったスモーカーが唐突にそう言った。「……たしぎちゃんも?」。答えを出す前に聞き返したのは、いつかの傷心を繰り返さないためだ。しかしスモーカーは不思議そうな顔で首を振る。なんでたしぎが入るのだと言わんばかりの顔だ。

「うん、いや、少し遅くなるかもしれないけど、空いてるよ」
「空けとけ」
「…どうしたの?」
「悪ィのか」
「ううんまさか、嬉しいな。ウチ来る?」
「ああ」
「食べたいものある?」
「任せる」
「じゃあ、家にあるもので何か作るから。今日はもう終わりでしょ?ウチでゆっくりしてて」
「鍵、貸せ」
「…あれ、前に合鍵渡さなかったっけ」
「………渡されたか?」
「うん、スモーカーくんが本部勤務になった時に」
「…………宿舎にある、はずだ」
「うん、いや、いいよ。ほら持ってって」

仕方ないなァ、と言わんばかりの呆れた笑顔を作っても、心はぎしぎしと軋む。スモーカーはエンヴィがいない部屋に入るつもりはなかったのだろう。だから合鍵の存在すら忘れてしまった。いつ帰るかも解らない宿舎に置き去りにして。どうでもいいと。
けれどエンヴィは傷付く暇などないのだ。もうスモーカーの異動は着実に手続きが進んでいて、あとは元帥のサインさえもらってしまえば決定となる。容易には会えない。スモーカーがエンヴィに会いにくるとも思えない。エンヴィが会いに行ったところで、仕事を放って何しにきてるんだと言われるのが関の山だ。スモーカーにまともな恋人の感情を求めることなんて、エンヴィはとうに諦めていた。
それでもいい。たとえスモーカーがエンヴィを友人や知人程度に思っていたって、エンヴィとスモーカーは恋人である。それは事実だ。それだけでいい。

エンヴィはスモーカーに何も言わない。だから気付かないのも仕方がないこと。胸が張り裂けそうに苦しい。自分が自分でなくなりそうなほど悲しい。けれどたったそれだけだ。死ぬわけじゃない。苦しくて悲しい。たったそれだけの話だ。


あなたが好きで好きでたまらなくてしにたい


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