スモーカー長編 | ナノ



    スモーカー君、あなた最低よ。ヒナ失望。

遠征に出る直前、ヒナに言われた言葉がまだ頭の中に残っている。開口一番罵られ、スモーカーは顔には出さなかったけれどとても驚いた。心当たりがまるでないのだ。
少し以前ならば上官の命令無視や身勝手な応援要請で口煩く叱られたことは数えきれないほどある。しかし最近はといえば戦争の準備や後始末ばかりで、身内に迷惑を掛ける暇などなかったはずだ。もちろんスモーカーはいつも通り自分の思うままに動いていたが、それが反抗や迷惑に繋がっていたかというと、今のところ周囲からのそんな叱責はない。だとしたら、原因はきっとひとつだ。エンヴィのこと。あんな薄暗い給湯室で、ヒナと二人きり、笑った顔は普段と変わりなかったが、明らかに様子がおかしかった。


    はい、お疲れさま。じゃあここにサインをお願いします」
「…おう」

遠征から帰還を果たして、必要な報告書を提出する代わりに次の遠征への段取りが記された指令書を受けとる。司令と現場の中継をするのはクザンの副官であるエンヴィだが、あれから時間が経っているせいか特におかしな様子はなかった。じろじろと無遠慮に顔面を見つめるスモーカーに苦笑する表情すら歪みはない。

「…どうかした?」
「別に」
「別にって顔じゃあないんだけどなァ。…あ、G5の件ならちゃんと大将に伝えといたから」
「そうか」
「もうすぐ大将戻ってくると思うから、少し待ってたら?」
「ああ」
「ただいまァ〜…あらら、スモーカーじゃないの」

噂をすれば。呼び出しから戻ってきたクザンが、スモーカーを見つけて手を上げた。新聞を持ちながらどっかりと席に座るクザンの前に、スモーカーも移動してソファーに腰を降ろす。「コーヒーでも淹れてきましょうか」と微笑むエンヴィに二人で頷いて、給湯室に向かっていく背中を見送った。

「…そういえばさァ、スモーカーお前、エンヴィの彼女って知ってる?」
「…はァ?」

間の抜けた声を出したスモーカーの反応から、クザンは勝手に「お前も知らないのかァ」と結論を出した。知らないも何も、心当たりがありすぎて一体どこから漏れたのかと気が気でない。しかしクザンが「彼女」と言ったように、それがスモーカーであるとまでは知られていないようだ。努めて初耳と言った様子で首を傾げると、「上手くいってないみたいでさ、最近おかしいんだよね」とスモーカーですら与り知らないことを言う。スモーカーはいよいよ驚いた。
上手くいってないとはどういうことだ。スモーカーとエンヴィの付き合いは長いが、喧嘩らしい喧嘩をしたこともなければ意見が食い違うこともない。まるで熟年夫婦のような関係性は、最初から今まで崩れたことがないはずだ。クザンは一体、なんのことを言っているのだろうか。まるでその「彼女」とは、スモーカーも知らない誰かの話のようだ。

「…エンヴィがそんなことを?」
「うーん、まァ無理矢理聞き出したに近いんだけど」
「…へェ」
「やっぱあの同期のコかね」
「…どうですかね」
「好きなのに上手くいかないんだってさ。振り回されちゃって大変らしいよ。かわいいもんだね」
「……へェ」

聞けば聞くほど知らない話だ。「あ、これナイショねー」と緩い口止めで締め括ったクザンは、それきりエンヴィの「彼女」に関する一切を打ちきって別の話題へと移り変わっていった。

    スモーカー君、あなた最低よ。ヒナ失望。

スモーカーの頭の中には、先日ヒナに言われた言葉が反響している。

あれは一体、なんのことだったのだろうか。


怪物くんの想いびと


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