スモーカー長編 | ナノ



執務室の窓からは中庭が見える。バタバタと走り去っていく海兵は多く、マリンフォードは常より騒がしかった。演習を行う場所もないのだろう、広いとはいえ中庭で何十人何百人といった部隊が規則正しく行進をして陣形を組む様子は見ていて狭苦しい。
その人々の隙間に見えるのは、我関せずといった顔で葉巻を呑んでいるのはスモーカーだ。どうやら休憩をしているうちに人が集まってきてしまったらしい。
エンヴィからの視線に気付いたのか、こちらを向いたスモーカーと窓ガラス越しに目が合った。手を振ると、彼はひとつ頷く。意味はない。けれどそれだけでエンヴィは嬉しい。

今日も昨日も一昨日も、スモーカーはエンヴィの家に泊まっている。しばらく本部での停留が義務付けられているからだ。
どうせ宿舎にいたって何もないんだから、うちに来たら?ご飯作ってあげるよ。そんな言葉で縛り付けて、ここ最近はずっと一緒だ。時折ヒナやたしぎが晩餐に混ざっても、エンヴィは嬉しい。好きな人と、親しい人と過ごす時間は、穏やかに心を満たしていくものだ。ふとした瞬間に混じる醜い感情すらスパイスだと感じるほどに。



    ポートガス・D・エースが捕まった。

白ひげの2番隊隊長。公開処刑。各地から精鋭が集められ、海軍本部は今までになく強堅な要塞になっている。
今のこの状態が、何を示しているか解らない海兵は雑用くらいのものだろう。
戦争が始まる。日に日に緊張感が増していく中、窓ガラスの外から目を離すとエンヴィの上司はいつも通りだらけていた。

「非常事態はデスクワークも少なくなるからいいよね〜…」
「そんなこと言ってたら各所から怒られますよ」
「エンヴィが他所に漏らさないって信じてる」
「そうですね、午後からの作戦会議にサボらないと約束して下さったら」
「…デスクワークが少ない代わりに会議が多くてやんなっちゃうね」

全てが慌ただしく動く。動かなくては落ち着かないのだろう。備えと策はいくら用意しても足りないくらい、皆不安と高揚を膨らませている。
けれどエンヴィはクザンと同じく、普段とまるで変わらなかった。いや、変わっているのかもしれない。普段よりも馬鹿みたいに浮き足立っている。それは戦への高揚や不安ではない。クザンでさえ、エンヴィの頭の中を覗いたら『色ボケだ』とでも呆れるかもしれない。スモーカーと一緒に居られて嬉しい。幸せ。落ち着く。今のエンヴィはそればっかりだ。

誰かの不幸は蜜の味、などとエンヴィは思わないけれど。誰だって自分の幸せの前では他人の不幸などどうだっていいのだ。
たとえ誰が死のうと、そんなことは、どうでも。


悪い子にさせて、今だけは


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