スモーカー長編 | ナノ



「…あらエンヴィ、また会ったわね」
「やあヒナちゃん、いらっしゃい」

給湯室を我が城とばかりにヒナを迎え入れたエンヴィは、にっこりと笑って棚から備品の白いマグカップを取り出した。また青雉にコーヒーを淹れさせられているのかと思えば、白いマグカップの隣には黒いマグカップしかない。そういえば、先程どこかの部署の男が青雉大将がいないと喚いていたが、青いマグカップの不在を見るにまだ持ち主は帰還を果たしていないようだ。しかしエンヴィが悠長にコーヒーを淹れているところを見ると、あまり大したことではないらしい。
ヒナは換気扇の下で煙草に火を着けながら、エンヴィの横顔を見た。この間と比べると、随分晴れやかな顔をしている。

「はい、どーぞ」」
「ありがとう。大将探しに参加しなくてもいいの?」
「いいんだ。どうせちょっとした散歩だろうし」
「…散歩?勤務時間中よね?」
「ああ、間違えた。パトロール?」
「…すごく探されてなかったかしら」
「外出届どころかね、誰にも言わないでふらっと出ていってしまったから」
「……いいの?」
「いいよ。今日は討伐指令がないし、天気もいい」
「…いくら上司でも、そこまで甘やかすのはどうなのかしら。ヒナ心配」
「まァどちらにせよ、どこに行ったか知らないし」

だからおれも休憩、とコーヒーを啜るエンヴィの表情は、上司が突然の失踪をかましたというのに平穏そのものだ。寛容なのか諦念なのかはわからないが、上機嫌な原因はおそらくひとつだろう。「スモーカー君とは最近どう?」。確認とも心配ともつかないヒナの声色に、エンヴィの目元が少しだけ緩んだ。やはり何かがあったようだ。エンヴィにとって、とてもいいことが。

「ありがとう。大丈夫だよ」
「そう…それなら良かった」
「ごめんね、毎回心配かけて」
「いいの。美味しいコーヒーが貰えるもの」
「…今度ケーキでも焼いてくるね」
「ええ、ヒナ期待」

穏やかなコーヒーブレイク。休憩とはかくあるべきだ。互いの近況報告に花を咲かせ、またこの後に控えている仕事に精を出す。
ヒナより先にコーヒーを飲み終えたエンヴィは、ひとつ伸びをして「さて、大将が戻ってきたらすぐに仕事してもらえるように書類整理しておかなくちゃ」と笑った。静かな休憩は、しかしエンヴィが去る前に終わりを告げる。

どたどたと騒がしい音で給湯室の前を通る彼の人    、スモーカーに、「あっ」と嬉しそうな声色を上げたのはエンヴィだ。スモーカーも気付いて足を止め、二人のいる給湯室に入ってきた。

「よう」
「ええ、久しぶりね」
「スモーカーくんもコーヒー飲んでく?今新しいの淹れるよ」
「いや、時間がねェ。これでいい」
「あっ、ちょっと!」

スモーカーはあろうことか、白いマグカップを強引に浚って一口飲んでしまった。もちろんそれはヒナが飲んでいたコーヒーで、ヒナの手に収まっていたのだからスモーカーとてそれが誰のものかわかっているだろう。まだ口をつけていなければまだいい。しかしカップの縁には口紅の跡がついている。ヒナは飲んだのだ。そのコーヒーを、エンヴィの前で飲んで、そしてスモーカーはそれを解っているだろうに。
間接キスだなんだと騒ぎ立てる歳ではないが、スモーカーが相手で、エンヴィの前ならば話は違う。ヒナにしたらゾッとする行いだ。

「…信じられないわ…!ヒナ憤慨!」
「お前は時間あんだろ。また淹れてもらえよ」
「そういうことじゃないのよ!」
「どういうことだ」

じわりじわりと膨れ上がる殺気を隣から感じるのは、もしかしたら被害妄想かもしれない。何せスモーカーは気付いていないようだ。しかしヒナは恐ろしくてエンヴィの顔が見れない。良く思っていないことは確かだ。折角エンヴィがとても上機嫌だったというのに!ヒナは悲痛な声で叫んだ。

    だからスモーカー君、あなた、そういうところが!!」


そしてまた泣く


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