ほぼ失神に近い就寝から目を覚ましたスモーカーは、体を起こして隣で眠っているエンヴィを見下ろした。さっきまで散々無体を強いてきた男とは思えないほど穏やかな寝顔だ。
スモーカーはいつの間にか体をきちんと清められ服も着ていたが、全身は重く倦怠感が付きまとい、特に下半身はまだ何かが入っているかのような違和感がある。けれどこれはいつものことだ。エンヴィのセックスはまるで八つ当たりである。普段の穏やかさとは掛け離れ、意地が悪く嗜虐的で荒々しい。最中の表情など、正に殺人鬼のような顔をしている。狂気と興奮で瞳孔が開いたエンヴィの眼を見る度、スモーカーはこのまま彼に殺されるのではないかと思うのだ。
しかし一度行為を終えてしまえば、凪いだ海のように穏やかな男へといつの間にか戻っている。夜が明けたら怒りや鬱憤など知らないような顔で、エンヴィはにっこり笑う。これもいつものこと。
スモーカーは、何故エンヴィが自分の恋人なのかわからなくなる時があった。エンヴィは元々同期で、ヒナと同じくらい付き合いのある友人だったが、不器用なスモーカーと違って彼は誰とも衝突を起こさない穏やかで優秀な海兵だ。人当たりもよくて、いつもにこにこ笑っている。上っ面の優しさでないのは、彼と親しい人間なら誰でも知っているだろう。いつだって周囲に気を配って、隣人を愛し、慈しみ尽くすことが当然と言わんばかりの眼差しをしている。ある意味海兵には向いていない男だったが、彼とスモーカー、そしてヒナの三人、今もこうして海軍に在籍しているのは納得も出来る。なにせ海軍の実力社会というのは性格など度外視だ。生意気だろうが甘ちゃんだろうが関係ない。
昔は一日に三回以上言われていたエンヴィの口癖だ。最近はあまり聞くことも無くなってしまったが、ヒナのように口煩く言わなくなっただけかもしれない。スモーカーは何も変わっていない。昔も今も、自他共に認める自分勝手で無骨な人間だ。だからエンヴィが恋人であるというのを意識する度、違和感を覚えてしまう。エンヴィとスモーカーでは、友人だとしたってあまりにもちぐはぐだ。
いっそヒナとくっついていたら、違和感など覚えることもなかったろう。優等生同士、美男美女、同期の二人。完璧だ。誰もが納得をするカップルである。
それでもエンヴィはスモーカーを選んだ。「趣味が悪ィな」とスモーカーはエンヴィに言った。エンヴィは困ったように笑っていた。
セックスだけの関係ならば、まだ理解が出来る。八つ当たりのようなセックスに耐えられる強靭な精神と体。そして秘密を共有する程度の親しさ。エンヴィの心の内に溜まっている鬱憤を発散するための生け贄だというなら、確かにスモーカーは打ってつけである。しかしエンヴィはスモーカーを恋人として扱った。優しさも愛情も万人に振る舞いながら、スモーカーだけは確かに他と違う扱いだ。
「…うー……すもーか、くん…?」
見詰める視線に気付いたのか、まだ夢現のエンヴィがスモーカーを呼んだ。手はベッドの中でさ迷い、スモーカーの腰に辿り着くとしがみつくように引き寄せる。
「起こしたか」
「…んーん…」
がらがらに掠れた声で聞くと、エンヴィは鼻を鳴らた声で首を振った。とろりとした目は寝惚けている。普段は寝覚めもよく愚図ることなどないが、セックスの後は疲れるのか気が抜けるのか、子供のように甘ったれることがある。これもそうだろう。物欲しげにスモーカーを見上げると、掴んだ腕を引っ張ってくる。「ちゅう、して」。幼い口調でキスをねだる唇に、お望み通りスモーカーは自分の唇を重ねた。するとエンヴィはそれだけで幸せそうに笑うのだ。蕩けた顔でふんにゃりと笑って、安心したようにまたすやすやと眠りに落ちていく。
エンヴィのこの表情も、最中の嗜虐的な一面も、今は自分だけしか見られない。そう思うとスモーカーの心にはひっそりと優越感のようなものが生まれる。だからどんなに無体を強いられても、スモーカーはセックスが嫌いではなかった。エンヴィには決して、言わないことだけれど。
愛を驕っておやすみ