甲板の上でむさ苦しい野郎どもが、前傾姿勢をとりながらそこかしこに転がっている。その全ての唇には真っ赤な口紅。おれが起きたらスオウさんはもうベッドからいなくなっていたから、おそらくこれはスオウさんの仕業に違いないのだが、いつもとは何かが違っていた。みんな唇だけではなく頬すら赤く染めて、見るからに異様な光景だ。朝からなんて卑猥な空気。何があったのかと首を傾げて視線を動かしていると、突然船尾の方で派手な音がした。おそらくは積み上げていた樽が倒壊した音。おれは走った。
「 ようレイリー、いい朝だな」 「ああ、そうだな、目に痛いくらいの快晴だ。…ところで、これはっ、なんのつもりだっ!?」
押し倒されたレイリーさんの上に、馬乗りになって跨がるスオウさん。喧嘩かと思ったが、聞こえてくる会話はそう刺々しいものじゃない。ただ、雰囲気が違う。 上からレイリーさんを見下ろすスオウさんの目は、ここから見てもゾッとするくらい据わっていた。右手で握ったスティックタイプの口紅を、いつものようにレイリーさんにも塗りたくろうとして、けれどレイリーさんはいつものように「仕方がないやつだ」と笑って受け入れることはせずに全力で拒んでいる。スオウさんの手首を掴む指先が白く染まって、ぎりぎりと音が聞こえてきそうだ。 レイリーさんが拒否するのもわかる。スオウさんの様子は明らかにおかしくて、怖いくらいだった。おれは思わず転がった樽の傍らに足を止めて、二人を見守ってしまう。
「くっ…!お前、本気か…!?」 「お前相手に手抜き出来るたァ思っちゃいねェさ」
いつものスオウさんは本当に遊び半分でみんなにセクハラをしていたんだなと思い知らされるほど、今のスオウさんは本気でレイリーさんを押し倒していた。今は全力で阻止されている真っ赤な口紅が、レイリーさんの唇に塗られた時。それはおそらく終わりで始まりの合図だ。この爽やかな朝にそぐわない、スオウさんによるレイリーさんへのレイプが、この船の上で行われてしまう。
「レイリー、もうおれは限界かもしれないんだ」 「…何?」 「犯してやりたくてたまんねェよ」 「…っおい、ちょっと、待て…!」 「お前なら強いし頑丈だし、いいよな」 「いいわけあるか!」 「いいだろ、気持ち良くしてやるから。まァ加減出来ねェからイカレちまうかもしんねェけど」
平気だよな、レイリーなら。スオウさんは掠れた声で呟いて、それから「ケツ出せ、レイリー」とレイリーさんの耳元でねだった。甘い声が背筋をぞくぞく震わせる。声で孕むってきっとこういうことだ。二人から少し離れたところにいるおれですら腹の奥がぎゅうっと苦しくなったんだから、直接耳に吹き込まれたレイリーさんなんか堪ったもんじゃないだろう。 ふわ、とレイリーさんの手から力が抜けてしまった。スオウさんが笑う。いやらしい顔だった。おれにキスする時の顔なんかとは比べものにならないくらいの。
嫌だ。 見たくない。でも目を背けたら、絶対に後悔する。
「………ヘ、ヘンタイっ」
喉の奥が震えて、情けない声になってしまったけど、互いに相手のことで気を取られていた二人はおれに気がついた。「スオウさん、何やってんだよ、ヘンタイ!」。今度はしっかりと叫びになって、その罵倒に興を削がれたのかスオウさんは緩慢な動きでのそのそとレイリーさんの上から退く。レイリーさんはホッとしたように大きく息を吐いた。
「…なんだ、起きたのか、シャンクス」 「起きたよ!おはよう!」 「ああ、おはよう…お前、顔真っ赤だな」 「あ、当たり前だろ!何してんだよ朝っぱらから!」 「……むしゃくしゃしたから遊んでたんだよ、悪ィか」
どすっ。サンドバッグを殴るような重たい音で、復活したレイリーさんがスオウさんの脇腹を肘打ちした。そりゃそうだ。あんなの全然、遊んでる雰囲気じゃない。あれで遊びだというのなら、すごくタチの悪い遊びだ。「このヘンタイ」。レイリーさんからも罵倒されて、むすりと顔をしかめたスオウさんは、脇腹を押さえながら立ち上がった。
「寝る」 「え」
短い宣言の後、ふらふらとした足取りがおれの横を通り抜けて船の中に戻っていく。間近で見上げたスオウさんの顔は、うっすらと隈が出来てとても不機嫌そうだった。むしゃくしゃした、って、もしかしておれが寝相とか寝言とかいびきとかで邪魔して寝れなかったんだろうか。だから不機嫌になって、あんな 。
「…おれ、レイリーさんもうダメかと思った」 「………馬鹿を、言うな」
|