「スオウさんの部屋って、本たくさんあったよな」
がやがやと賑やかな大衆食堂で大盛りの丼を食べているうち、顔の熱もいつの間にか忘れてしまった。おれの正面に座ったスオウさんは、食後のコーヒーを飲みながら「そうだな」と頷く。それから「エロ本はないぞ」とカップの後ろで口を三日月にしてニンマリ笑うから、むせそうになって水を流しこんだ。なんでこの人は普通の会話で終わらせられないんだろう。誰かをからかわないと生きていられないビョーキなんだろうか。
「べっつにそういうことじゃねェよ!」 「なんだ、貸してほしかったんじゃねェの?」 「ちげェ!」 「ふーん」
にやにや笑って、信じてるんだか信じてないんだか。レイリーさんに合い鍵を渡すほど頻繁に本を借すのだから、面白いものがあるんだと思って聞いてみただけだ。出航してしまえば海の上は娯楽が少なくて、島と島の間が長ければ退屈に殺されそうになる。その暇が少しでも紛れるものがあるなら、貸してもらいたい。それだけだ、本当に。
「エロ本買うのが恥ずかしいならおれが代わりに買ってやってもいいんだぜ?ただしおれの目の前で朗読な」 「スオウさんってほんっと悪趣味!」 「歴史書とか、航海術とか、物語とか、色々だよ」 「は?」 「おれの本棚の中身」
強引に話の筋を戻したスオウさんは、またコーヒーを一口飲む。悪趣味な言動のないスオウさんにはやっぱり色気があって、こんな大衆食堂じゃ少し浮いていた。「…おれが読めそうなものある?」。聞く声は自然と大人しくなってしまって、「なに急にしおらしくなってんだ」とまたからかわれたけど、今度はそれに噛み付かないでじっとスオウさんを見る。
「…お前が読めるかどうかは知らねェが、航海術は学んでおいて損はねェだろ」 「貸して。汚さないようにするから」 「別に汚したって構わねェよ。本なんて中身が読めりゃいい」 「…ありがとう」 「ドーイタシマシテ」
棒読みで返したスオウさんは、ポケットの中を探り何かをおれに投げて寄越した。慌てて両手でキャッチしたのは鍵だ。さっき返したばかりの、スオウさんの部屋の合い鍵。
「え、なに」 「お前にやるよ」 「は?」 「好きな時に持ってって返しとけ」 「えー…」 「なんで不満顔だよ」
別に不満なわけじゃない。ただ、こんなにもあっさりと鍵をやると言われたから、なんだか気恥ずかしくなっただけだ。きっとスオウさんは誰にでもこうやって鍵を渡して思わせぶりな態度でその気にさせて、引っ掛かったところを楽しんで遊んでいるんだろう。だからおれは騙されない。この人が悪趣味で嘘つきだって、おれは知ってるから、絶対に騙されるもんか。
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