今日は一日暇だったからスオウさんに剣の相手でもしてもらおうと船内を探しまわったけれど、どうやらスオウさんはまだ部屋で寝ているみたいだった。時刻は昼の3時。ハンモックでうたた寝をしているならまだしも、一度も部屋を出てこないなんて珍しいことだ。ドアをノックしても返事がない。開けようとしても鍵が掛かっている。スオウさーん、具合悪いのー、起きてくれよー。呼んでも何の反応もないから、もう少し強くドアを叩こうとしたら、誰かにその腕を掴まれた。びっくりして後ろを振り向く。レイリーさんだった。
「どうしたんだシャンクス、スオウに何か用か?」 「あ、剣の相手してもらおうと思って…」 「そうか。だが今はやめた方がいいな。スオウはおそらく二日酔いだ」 「二日酔い?」 「昨日はおれとロジャーの三人で朝まで飲んでたからな」 「え、二人はぴんぴんしてるのに…スオウさんって酒弱いの?」 「私達よりはな。あいつただでさえ寝起き悪いから、今乱暴に起こすとさすがにお前でも殴られるぞ」
これ使え。 そう言ってレイリーさんに渡されたのは鍵だった。多分、スオウさんの部屋の鍵。どうしてレイリーさんが持っているのか聞く前に「声を掛けながら近付けよ」と言い残してレイリーさんは行ってしまった。おれは鍵を握る。鍵穴に差し込んで捻れば簡単に錠が外れたから、やっぱりこれはスオウさんの部屋の鍵だった。
「…スオウさん?」
カーテンが外の光を遮って薄暗い部屋。空気が篭っていて酒の匂いがする。本棚にはたくさん本が並んでいて、いくつかの武器が壁に掛けられているけど、それ以外は小さなテーブルと椅子、それから今スオウさんが寝ているベッドしかない。「スオウさん」。もう一度声を掛けると、膨らんだ山が動いた。
「…シャンクス?」
掠れた低い声。まるで風邪でもひいているみたいだ。ベッドの中で寝返りを打ったスオウさんは、どうした、と聞いた後に沈黙した。覗き込んでみれば、眉をひそめて歯を食いしばっている。
「…頭痛いの?」 「ん…」 「水、持ってこようか」 「いい…それより、かぎ、どうした」 「あ、レイリーさんに借りた」 「なんか、ようか」 「…暇だから剣の相手してもらおうかと思ったんだけど…、無理そうだよな」
こんな弱ってるスオウさんは初めて見る。ぐったりとシーツに埋もれる頭が重そうで、目元に掛かった髪を払うとスオウさんの手が俺の指を掴んだ。「シャンクス」。ベッドの中で、低い声で、スオウさんがおれを呼ぶ。うっすらと潤んでいる目が合うと、背中にぶわっと鳥肌が立った。なんか、すごい、エロい。
「な、なに、」 「…なにびくついてんだ。おいで」 「はっ?」 「おいで」
布団の中に入っているスオウさんの腕が上がって隙間が出来る。おいでって、入れってことだろうか。その腕の中に。
「…ひまなんだろ?」 「う、ん」 「おいで、シャンクス」
掴まれた指が、一度離されて一本ずつ全部の指を絡められる。スオウさんはおれをじっと見ているだけで、無理に引き寄せられることはない。だけどおれの足は勝手に靴を脱いで、膝をベッドの縁についた。スオウさんの腕がさらに開いてスペースが空く。そこに引き寄せられるみたいに潜り込むと、中はとても温かかった。大人しく腕の中に収まったおれを見てスオウさんは笑っていたけど、いつもより口元が引き攣っていて顔色も悪い。本当に二日酔いなんだ。
「…スオウさんって酒弱いの?」 「おれは、ふつう。あいつらが、いじょう」 「意外。宴じゃいつも最後まで残ってるから、底無しなのかと思ってた」 「ロジャーと、レイリーはなァ…あいつらむりやり、のませるからなァ…」 「ふーん」
無理矢理飲ませられたって返り討ちにしそうなスオウさんが、ロジャー船長とレイリーさんが相手なら素直に飲むのが意外でもあって、だけど納得もした。ロジャー船長とレイリーさんだもんな。スオウさんはなんだかんだ言って、二人のことが大好きだから。
「…そういえば、なんでレイリーさんスオウさんの部屋の鍵持ってんの」 「うー…あいつおれのほん、よむから…」 「本?」 「かってにもってけって、わたしたまんま…」 「…ふーん」 「…もういいか、あたまいってェ…」 「薬とか、飲まなくて平気なの」 「ああ…そのうちなおる…」 「持ってきてやろうか?」 「…シャンクスが」 「おれ?」 「キスしてくれたら、なおるよ」 「は?」
不意をつかれた。口紅もついてないおれの唇にちゅっとキスをして、スオウさんはにやっと笑う。いつも通りの顔だ。顔色はまだ悪いけど、口元は引き攣ってなかった。「よし、元気出た」、とか馬鹿みたいなこと言って、スオウさんはおれの頭を撫でる。なんだろうこの人。なんでこんなに、恥ずかしいんだろう。
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