買ってもらった剣を大事に抱えながら、露店商に引き止められて商品を物色し始めたスオウさんを待っていると、隅っこの方に並んだ貝殻を見付けて覗き込んだ。見た目はただの二枚貝だ。特別な細工がしてあるわけでもない。中に何か入っているのかと手を伸ばしたおれに、店主のおっちゃんが「坊主、そりゃあ口紅だよ」と教えてくれた。 口紅。思わずスオウさんを見たら、スオウさんもおれを見ていて目が合った。考えてることは多分同じだ。ある意味、スオウさんの必需品。だけど貝殻の中に入った口紅は、スオウさんがいつも使っているスティック状のものよりも使いづらそうだった。 スオウさんは手を伸ばして、貝殻を開ける。桃色の口紅。すぐに貝殻を閉じた。
「なんだい兄ちゃん、彼女へプレゼントかい?」 「赤いのはあるか?」 「左側のが1番赤くて、右にいくにつれて色が明るくなってるよ」
スオウさんは店主の説明の途中で迷わず1番左側の貝殻を取り、中身を見て、それからおれを見た。自然な仕種で薬指に紅を掬うと、当たり前のようにおれの唇に塗る。ぎょっとした店主の顔が視界の端に見えた。おれだって驚いてる。びっくりした。うちの船の中でならまだしも、まさかこんな場所でいつもみたいに男にセクハラするなんて思いもよらない。だけどスオウさんがあまりにも普通にしているから、おれも店主も呆然として何も言えなかった。
「…じゃあ、これと、あとそっちのベルトくれ」 「え、あ、あいよ」
艶めいた雰囲気に顔を赤く染めた店主が品物を用意しているうち、スオウさんはおれの唇を親指で拭った。さすがにキスまではしない。ホッとしたけど、なんでだろ、物足りないのは、文句が言えなかったからかな。
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