不思議に思うことがある。スオウさんのこと。 あの人は海に出ると解消出来ない欲求が爆発して、誰彼構わず口紅を塗りたくることで発散するようだけれど、島に着いたら着いたで女を抱きまくるのかといえばそうでもない。夜たまにいなくなることはあっても、それはそう頻繁なことではなくて、大概は買い物に出掛けたり、島の情報を仕入に行ったり、食事をしたり、そうでなければ甲板に手作りのハンモックを吊って日がな一日寝こけてる。今日だってそうだ。朝からハンモックの上で本を読んで、ゆらゆら潮風に揺れている。おれはそれが不思議でならない。欲求不満でむさ苦しい男達にセクハラをするくらいなら、島にいる間に空っぽになるまで発散しておけばいいのに。
「…なァに見つめてんだ、シャンクス」
船番で見張り台の上にいるおれに、スオウさんの声が風に乗って聞こえてきた。「平和だから、暇なんだ」。普通に喋った声は向かい風に打ち消されてしまったらしい。聞こえなくて首を傾げたスオウさんは、いつも通りのスオウさんだ。この間怒ったことも忘れた顔で、おれを何ともないような目で見ている。おれは息を吸い込んで、スオウさんに聞こえるくらいの声を張り上げた。
「スオウさん!見張りの交代が来たら、遊びに連れてってくれよ!」 「…まァ、いいけど」 「んで、なんか買って!」 「なんでだよ」 「慰謝料だよ!」 「イシャリョォ?」 「おれあんたに弄ばれて迷惑してんだから!いいだろ別に!」
本当のところ、欲しいものなんてなかった。おればっかり振り回されているようで癪だったから慰謝料なんて言っただけで、本当は傷付いてもいないし怒ってもいない。スオウさんはきっと気付いてるんだろうけど、一瞬きょとんとした顔をして、それからすぐにいつもみたく笑った。「また噂になっても知らねェぞ。デートしてるって、からかわれてもな」。
いいよ別に、そんなの今更だろ。それよりおれは、あんたのその嬉しそうな顔の方が、からかわれることよりもずっと気になるんだよ。
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