くぁあ、と大きな欠伸をしながら朝食の場に現れたローを、ヤマイは嬉々として出迎えた。相変わらず血の気のない頬を、ヤマイの掌がするりと滑る。寝起きで体温の下がった皮膚に当てた手は温かくて心地が好いようだ。猫のように擦り寄るローの目の下を親指で摩って、ヤマイは満足そうに微笑んだ。
「朝食に起きれたじゃないか、偉い偉い」
「…ん」
「いつもよりは顔色がいい。隈も薄い」
「んー…」
「今日は体調も少し良いはずだぞ。やっぱりちゃんと寝るべきだ、キャプテン」
まだ夢現にまどろみながら、ローが口を開く。大方、お前はそれしか言うことがないのか、とでも非難するつもりだったのだろう。しかし突如ぱっと離れたローは驚いたようにヤマイの掌を見た。そしてその眉間がみるみるうちに顰められていく。
なんだ、とヤマイが自分自身の掌を見るのと、ローが驚いた理由がわかったのは同時だ。
触れていた左手の薬指には、シンプルなデザインのシルバーリング。硬質で冷たい感触が擦り寄せていた頬に当たったのだろう。温かくて柔らかい手とは大違いである。
「悪いな、冷たかったか?」
「…指輪」
そんなもんしてたか。
随分と低くて静かな問い掛けに首を傾げながら、ヤマイは頷いた。「してたよ。最初から」。手はポケットに入れていることも多いし、使うのは専ら利き手の右側だったから気付かなかったのかもしれない。しかしヤマイはハートの海賊団に入るよりずっと前からこの指輪を嵌めている。
「…結婚指輪か?」
「いや」
「婚約」
「そんな大層なもんじゃない」
「誰かにもらったのか」
「ああ」
「…誰だ」
そんなに左手の指輪が珍しいのだろうか。食いついてくるローに、本当のことを言おうとして、しかしやはり口をつぐんだ。
この指輪は、本当に大したものじゃない。女手ひとつでヤマイを育ててくれた母が、故郷を出る時お守り代わりにと持たせてくれた亡き父の結婚指輪だ。父さんと母さんがついてるからね、と励ましてくれた時のことをヤマイは忘れたことがない。
左手の薬指に嵌めているのは、結婚指輪とはそういうものだと思っているからだ。誰かと結婚した覚えもなければ婚約したことすらない寂しい人生である。
自分の中の一等美しい記憶をローに話しても良かったが、止めさせたのはいつもにやにやと笑って馬鹿にする顔を思い出したせいだった。マザコン、と馬鹿にされたら、正直怒らないでいられる自信がない。へこまない自信も、ない。
「……これは、おれの、」
「…お前の?」
言い淀んだヤマイに、ローが訝しげな目を向ける。心なしか顔色が悪くなったようだった。
「おれの…大事な人からもらった、指輪」
適当にぼやかした答えに、何が気に食わなかったというのだろうか。ローは殺気すら混じる目付きで睨むと、瞬く間にヤマイの体をばらばらにしてしまった。どういうことだ。ヤマイにはさっぱりわからない。