「キャプテン」
ヤマイはローの部屋のドアを10センチだけ開いて、小さな声で話し掛けた。時刻は深夜の3時。見張り番以外は寝静まる時間帯に、ローの部屋だけはまだ煌々と明かりがついている。
「いつまで起きてるんだ。もう寝なさい」
「…お前も毎晩毎晩飽きないな」
呆れたような口調で笑いながら、ローは寝そべっていたソファーから起き上がった。手に持っていた分厚い本を閉じ、人差し指をちょいちょいと曲げてドアに寄り添っているヤマイを呼ぶ。傲岸な態度はまるで叱られている立場のものではない。ヤマイは怒った顔を作りながら、ローの部屋に足を踏み入れた。
「今何時だと思ってる」
「お前こそ、もう3時だぞ。起きてていいのか?センセイ?」
にやにやと緩く孤を描く口元で、ヤマイを馬鹿にするように揶揄する。こんなやり取りももうお互い飽き飽きしているはずだが、それでもヤマイはローを寝かせたいし、ローはヤマイの言うことを聞かない。「おれに命令するな」と体をばらばらにされなくなっただけ、ローの方が譲歩するようになったのだろうか。
しかしローは眠るどころか、夜と呼ばれる時間帯にはベッドに入ろうとすらしないのだ。頑なな姿には心が折れそうになる。
「おれはキャプテンが寝てくれないと、心配で眠れない」
「ふーん」
にやにや、ローは一層楽しそうに笑う。馬鹿にしているんだろう。1時間前にも、そのまた1時間前にもヤマイはローに寝なさいと言った。しかしローはお前こそ寝ろと言って、今のような会話を繰り返してはにやにやしている。
「…戦ってる最中に眠くなってもしらないからな」
「なるか」
「わからんぞ、寝首を掻かれたら終いだ」
だから、寝なさい。
ヤマイは静かに、そっと撫でるような声色で言い付けた。するとローがようやく重い腰を上げる。歩いていく先はベッドだ。まさか、とヤマイは思った。あれだけ言っても頑として聞かなかったローがらとうとう寝ようとしている。自分が言っておきながら、どこか信じられない気持ちでローの細い体がベッドに乗り上げるのを見ていた。
「なんて顔してんだ。寝かせたいんだろ?」
「え、あ、ああ」
「寝かせてくれよ」
「………は?」
するりと入り込んだ布団の端をつまんで、まるで誘うように開かれる。「添い寝でもしてくれたら、寝れるかもな」。依然にやにやした顔で言ったローは、つまり、馬鹿にしているのだ。
「……………そのまま寝なさい、おやすみキャプテン」
ランプを消して、暗闇の中。こつこつと遠ざかっていくローの部屋で、盛大な舌打ちが響いたのをヤマイは知らなかった。