ロー長編 | ナノ


「あれヤマイ、指輪どうしたの?」

かわいい肉球を揉むことに夢中になっていたヤマイは、ベポの問い掛けに視線を上げた。「なくしたの?」と心配そうに聞くのは、左手にはめていた指輪のことだろう。
「あ、いや、」。慌ててベポの手を離したヤマイの薬指には、確かについ先程まではまっていた指輪がない。ヤマイは襟の中に入れたチェーンの先を胸元から取り出すと、そこに繋がっている指輪を見せた。加工というほどのことではないが、ネックレスに直して首から下げることにしたのだ。
左手の薬指にはめる指輪には意味がある。つまりそれをそこから外すということは、やはりそれも意味のある行為だったが、白熊であるベポにはわからなかったらしい。「なんで?」と可愛らしく首を傾げてヤマイに問う。ヤマイは小児科の先生のような優しい声色と瞳でベポに訳を話した。

「いいかいベポ、この指は大好きな人に貰った指輪をはめるところなんだ」
「え、でもその指輪、ヤマイのお母さんに貰ったんでしょ?大好きじゃないの?」
「確かに母さんも大好きではあるけど、ここはまた別の大好きじゃなきゃいけないんだ」
「えー、例えば、誰?」
「そうだなァ…ベポなら、かわいいメスグマとか」

メスグマ。ぽつりと呟いてベポは自分の左手を見たが、その太くて短くてもふもふの指には指輪をはめられそうもない。しかし今更人間の話だと白熊を疎外するのはかわいそうだ。ヤマイは「ずっと一緒にいたい、抱きしめたりキスしたりしたい、大事にしたい、って思う相手だよ」と言い換えた。するとベポは無垢な瞳で聞いた。「ヤマイなら誰?」。その質問に対する答えを、ヤマイは既に持っている。きょろきょろと辺りを見回してベポとヤマイ以外誰もいないことを確認してから、そっと撫でるような声で教えてあげた。

「………おれは、…キャプテン、かな」

内緒だよ、と言う前に、ベポではない声が聞こえる。「…へェ」。笑いを含んだような声。ヤマイの胃の中に、氷を放り込まれたような衝撃が広がってしゃっくりにも似た悲鳴が出た。声の主は、顔が見えない。振り返ってもどこにもいない。けれど誰かはわかる。にやにやした声。想像した表情がベポの背中からひょこりと出てきて、ヤマイは息を引き攣らせた。

「きゃ、ぷて…!」
「あれキャプテン、起きたの?」
「ああ…ベポ、ちょっとあっち行ってろ」
「え?うん、わかった」

ベポはあっさりと頷いて、昼寝するローの支えになっていた巨体を軽やかに立ち上がらせた。すたすたと足を動かして部屋から出てしまえば、ヤマイとローの間にはなんの隔たりもない。ローは笑っていた。絶対なにか言うのだと思う。ぽかんと口を開けて、ヤマイはローの言葉を待つしかない。にやにや笑った唇が、ゆっくり動き出すのを見ていた。


    ”ROOM”」


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