潜水艦が海の中に飲み込まれていく。薄暗くなる船内。波の音は途切れ、静けさが際立つ。出航までは慌ただしく動いていた周囲も今は落ち着き、あとはまた無事に次の島へ着くよう祈るばかりだ。ペンギンは気を引き締める反面、まずは何のハプニングもなく出航できたことにホッと一息ついた。
「なァペンギン、細いチェーンってあるか?ネックレスみたいな」
「…ああ、ネックレスなら宝物庫を探せばあるんじゃないか?」
手空きになった途端話し掛けてきたヤマイに、ペンギンは首を傾げながらも記憶の中から心当たりを探し出した。「ペンダント外してチェーンだけもらってもいいかな」。さらなる問いにいよいよ理由がわからなくなる。今まで全く装飾品に興味を示さなかったヤマイが、何故わざわざこのタイミングで、しかもチェーンだけを必要とするのか。
「…構わないが、何に使うんだ?」
「いや、この指輪外して首から下げとこうかと思って」
「何?」
ヤマイが左手を挙げて見せたのは、薬指にはまっている指輪だ。聞いたところによると、母親からお守り代わりに貰った亡き父親の結婚指輪らしい。ローには大事な人から貰ったものだと言って随分怒らせていたが、ヤマイはそれでも頑なにその薬指から外そうとしなかった。ローが時折睨むようにそのシルバーリングを見ていたのを、ペンギンは何度も目撃している。昔の恋人だかに貰ったのだと誤解しているローに、真実を教えてやろうとして「おれには関係ない。あれはもうおれのものだ」と突っぱねられたこともある。あれだけベタベタしていて、本人達にその自覚がないのはヤマイの指輪のせいではないかとペンギンは思っていた。ローは根掘り葉掘り聞き出すような詮索をしようとはしないし、ヤマイの方は自分の気持ちを解っているのかすら怪しいほどの鈍感である。ローとヤマイの関係を所有者と被所有者、もとい船長と船員以上のものに決定付けるためには、その指輪が邪魔をしていた。
「…なにかあったのか?」
「いや、何もないんだけど、親の形見をここにはめるのは違うかなって」
「今更か」
「はは、そう、今更だけど」
苦笑いしたヤマイは、「じゃあ、丁度いいのがあったら貰うよ」と言ってペンギンに背中を向けた。指輪を外したヤマイを見て、ローは何を言うだろう。何を言うにせよ、またシャチがむすくれる事態になりそうだ。ペンギンは苦笑した。