朝食の時間。ローが食堂に現れて、クルーの全員がぎょっと眼を丸くした。有り得ないことだ。いや、ローが食事をするのはいい。人間として当然の欲求だ。しかしローが、今は本に夢中になって島の図書館と自室しか行き来しないローが、わざわざ食堂に現れて食事をとろうとすることは今までに一度だってなかった。以前だって現状と同じようなことは何度かあったが、その全てにおいてローは何かに夢中になると寝食のいとますら生活サイクルの中から外してしまう。今回は日頃よりしつこいヤマイがいるので食事だけは彼に任せっきりにしていたが、それまではどう人間らしい生活をさせようかとクルー全員が気を揉んでいたものだ。
ぴたりと動きを止めたクルー一同に、ローはその心情を悟ったのかむすりと顔を歪めて「飯」と催促する。それをきっかけに再び慌ただしく動き出した食堂で、ローはふて腐れた態度を崩さないまま席につく。その後すぐに姿を現したヤマイは、さぞ大層喜んでローを褒めたたえることだろうと誰もが予想した。ローの不健康な生活に誰よりも口を挟んでいたのは他でもないヤマイだ。しかしヤマイは、ローが食事をとりにきたことに驚いた様子がない。むしろ満足げに顔を綻ばせて、ローの頭をいい子いい子と撫でている。
「…なァ、あれ、どういうこと?」
ローから離れたヤマイを捕まえて、シャチがこっそり問い掛けた。知っている限り、ローは頑固でプライドが高くて上から目線の物言いが大嫌いだ。いくらローの為だとはいえ、意に反した忠告をすれば手が付けられないほど不機嫌になる。だからヤマイが言ったところで、素直に寝るわけも食べるわけもないのだ。けれどローはわざわざ食堂にまで来た。目の下の隈は最近のローに比べたら薄いから、もしかしたら昨晩は寝たのかもしれない。ヤマイのいうことを聞いたとしたなら、それは信じがたい話だった。
なんでだどうしてだと詰め寄るシャチと、その後ろでじっとヤマイの答えを待つクルーに、ヤマイは苦笑して「取引したんだ」と言った。取引とは、なんともまあ不穏な響きだ。一体何と引き換えにローの寝食を確保したのか、視線だけで問うクルー達に、ヤマイはさも重大な秘密でも話すかのように声を落として囁いた。
「添い寝する代わりに、ちゃんと食事をとってくれっていう取引だよ」
聞きたくなる口を無理矢理閉じて、シャチは神妙なふりで「なるほど」と頷いた。
なるほど。つまりはただの、バカップルか。