ロー長編 | ナノ


ひどく濃くなったローの隈をなぞって、ヤマイは溜息をついた。原因は、ローの手にしっかと掴まれている分厚い本だ。

先日到着したばかりのこの島には、大きな図書館があった。珍しい医学書はもちろん、最新の論文や実用書も豊富で、ヤマイもローと一緒にログが溜まるまでの毎日をほぼそこで過ごしている。気持ちは新しい玩具を見つけた子供にも似ていた。
ヤマイもローも、自分から進んで医師になった類の人間だ。新しい知識は好奇心を擽って、寝食を忘れてのめり込むのも理解出来る。しかしローは、寝食を忘れるどころではない。時間が勿体ないと頑なに寝食を拒むほど、船に戻っても朝まで借りてきた本に没頭して、そしてまた日が昇れば図書館に行く。異常なほどまでの集中力だ。
見兼ねたヤマイが食事だけはサンドイッチや握り飯をわざわざ口元まで運んで食べさせているが、睡眠ばかりは本人の意思が伴わなければどうにもならない。何を言おうと実力行使しようと本を手放さないローに、ヤマイはほとほと困り果てている。

「なァキャプテン、あそこの図書館は、島民以外貸出禁止じゃなかったか」
「………」
「脅したか。ダメだろう、そういうことをしちゃあ」

本を挟んでローに向かい合ったヤマイを、ローは、海賊に何言ってんだ、と言わんばかりの目でヤマイを見る。ヤマイとてここが海賊船だと重々承知はしていたし、既に海賊として恥じないくらいの行いはしてしまったが、どうにも言わずにはいられない性分だ。これは、昔いた町で小児科も担っていた名残かもしれない。

「脅して借りるくらいなら、いっそ奪ってしまえばいいだろう」
「矛盾してるな。ダメなんだろう?そういうことをしちゃあ」
「どうせ悪いことするんだったら、おれはキャプテンの健康を優先するよ」
「……もう、本棚がいっぱいで入らない」
「なら、停泊期間を伸ばして気が済むまでゆっくり読めばいい」

とにかく夜は寝よう、な?
殊更優しい声でローの頬を撫でたヤマイを、ローは感情のない瞳で見詰め返す。何を考えているのかはわからないが、抵抗がないのを良いことに、ヤマイはローの細い体を抱き上げてベッドまで運んだ。最近ろくに食べていないせいだろうか。また痩せたようだ。

「キャプテンほら、本寄越して」
「いやだ」
「いやじゃない。寝なさい」
「おれに命令するな」
「寝て下さい。心配だから」
「……」

黙り込んだローは、ようやく本に栞を挟んでベッドの中に潜り込んだ。ホッと安堵の息を吐いたヤマイは、しかし手首を冷たい手に掴まれて驚く。掴んだのはもちろんロー以外に有り得ないが、掴んだ意図がヤマイにはわからない。「キャプテン、なに」。首を傾げたヤマイを、ローは強い力でベッドの中に引き込んだ。

「っと、危な…なにキャプテン。どうした?」
「添い寝してくれたら寝てやるよ」

    デジャヴュ。
いつか前にも、確かこんなことをヤマイは言われたような気がした。ただしその時と違うのは、ローの顔がにやにやと馬鹿にした笑いを浮かべていないことだ。無表情に近い真顔で、ローはヤマイを見詰めている。ノー、とは言えない雰囲気に、ヤマイは頷く他無かった。


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