マルコ長編 | ナノ


マルコの表情の、意味がわからない。
好きだと言ってしまったら、怒ったり、困ったり、そういう顔をされるんだと思っていた。はっきり言葉で拒まれなければその顔に浮かべた表情が返答の代わりになるんだと分かっていたから、おれはマルコの顔を見るのが怖かった。だのに押し倒されて、脆い鎧だったタオルは落ちて、マルコがおれの腹に乗っかってきた。驚いて見上げた顔は、怒っても、困ってもいない。

    マルコは笑ってた。

上がった口角に、煌めく眼。楽しんでいるようにすら見えるその表情の意味が、おれにはわからない。
見覚えはあった。敵船を沈めたり、宴で盛り上がったり、オヤジと話をしていたり、楽しそうな場面の時にマルコはこういう顔をする。からかってるのだろうか。いい年して青臭い感情でこんなにも取り乱して、馬鹿な男だと笑っているのだろうか。

「諦めるだの、除隊だの船を降りるだの、ふざけたこと言ってんじゃねェよい」
「…だ、って」
「おれが好きなんだろい」
「……うん、でも、もう、」
「そのまま好きでいりゃあいい」
「…は?」

本当に、意味がわからない。好きでいていい、おれは知らないふりをするから、ということだろうか。それは優しさでもなんでもなくて、単なる生殺しだ。態度が変わらないのは嬉しいけれど、おれは一生この気持ちを腹の中で腐らせたまま生きていかなくてはならない。酷い。酷い話だ。いっそ突き放してくれたら楽になれると覚悟してついてきたのに、マルコはそれすら汲んでくれないようだ。
苦しく涙が滲む。これ以上情けないところは見せたくなくて顔を背けるけれど、マルコの手が胸倉を掴んで引き寄せるものだから、それは敵わなかった。かちあう視線。けれどマルコの顔はもうよく見えない。視界が滲んでいるせいだけではなかった。互いの息が掛かるくらい、マルコが近いところにいる。

「…またなんか勘違いしてねェか」
「かん、ちが…い?」
「ここまでして、気付かねェ方がおかしいだろうよい…」

呆れる気配。マルコの顔が遠ざかって、大きな溜息を吐いた。マルコの言いたいことがわからない。おれがなにを気付いていないというのか。

「…だから、こういうことだよいっ」
「わ、っ」

マルコがまた勢いよく近付いてきたから、頭突きでもされるのかと思わず目をつぶった。けれど直後に襲ってきたのは、骨を打つ痛みでも、脳を揺らす衝撃でもない。唇に、やわらかな感触。覚えがあった。おれは目を見開いて、至近距離にある顔を見る。赤い。ただひたすらに、マルコは赤かった。

「おれも、お前と、…同じ気持ちだ」

もどかしそうに言う。マルコのこんな顔は、初めて見たからわからない。
意味がさっぱり、わからない。


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