マルコ長編 | ナノ


すっきりしない夜が明け、朝日の照る甲板に出ると、船の縁に寄り掛かってイサキが海を眺めていた。何かに急かされるように全力ダッシュでイサキの肩に腕を回して確保する。「よう朝帰りか不良息子!」。からかったはずの声が引き攣ってしまった。振り向いたイサキの顔は、複雑な表情で歪んでいる。

「…サッチ、朝からうるさい」
「昨晩お楽しみだったやつの顔じゃねェな。途中で行方くらましやがってこの野郎」
「誘われたんだ、そりゃ受けるだろ」
「言っていけよ。びっくりすンだろ」
「…いい年して連れションでもあるまいし、放っておけよ」
「なーんかおかしいな、お前。何があった?」
「別に、何も」
「………まさか勃たなかったとか」
「インポ疑惑はもういいって」
「じゃあなんだよ、相手が下手くそだったか?」
「うーん…」

曖昧な唸り声を上げて、イサキは船の縁に突っ伏してしまった。どうした、なんだ。やっぱりなんかあったのか。
ぐったりと弱っている様子に困惑する。とにかくおれはイサキの昨晩を探ってマルコとのことをどうにかさせないと近いうちに胃が破裂しそうなくらいのプレッシャーを感じているというのに、イサキは何も白状しそうにはない。「サッチ」。急に頭を上げたイサキの顔はどこか思い詰めたようで、今にもまた何かやらかしそうだ。

「今夜も出掛けないか。おれ今すっごく誰かに抱きしめられたい気分」
「…おれは今死刑宣告を受けた気分」
「なんでだよ」
「何があったか教えたら付き合ってやるよ」
「じゃあいい、一人で行く」
「やめてほんとやめてお願いおれの言うこと聞いて」
「なんでだよ…」
「お前が遊びに行くと寂しがり屋の誰かさんが泣くんだよ!」
「寂しがり屋ァ?お前そんなかわいい歳でもねェだろうよ」
「おれじゃねェよ!」
「じゃあ誰だよ」
「お前ンとこの隊長様だよ!」

こんなにもイサキを鈍感だと思ったことはない。わざとかと疑うほど意思の疎通が図れないので苛々しながらマルコが昨夜如何におかしかったかを教えてやろうとしたが、教える前におれは口を閉じた。マルコを話題にした途端、イサキの顔がひどく歪んだからだ。これは、なんだ?怒ってる?いつだってへらへら笑ってるイサキが?

「…マルコがなんだって言うんだ。関係ねェだろう」
「え、あの…イサキくん?」
「あいつは確かにおれの隊長だけど、色街に行くくらいで口出しされる筋合いはない」
「いや、ま…そうだけど…」
「マルコがなんでおかしくなったなんて知ったこっちゃない。そんなに気になるなら、お前が面倒見てやればいいだろう!」
「えっ、ちょっと待て、待てってイサキ!」

掴んだ腕も振りほどいて、イサキは船内に入っていってしまった。おかしい。イサキはあんな、家族の異変を他人事みたいに言う男じゃなかった。尋常じゃない怒り方も、あれじゃあ何かあったんだと勘繰って下さいと言っているようなものだ。

    あーもう、面倒臭ェな!

頭をぐしゃぐしゃと掻き乱して、おれはイサキの後を追った。家族を放っておけないおれってほんといいやつ。誰か惚れてもいいのよ。マジで。


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