マルコ、とおれを呼ぶ声がする。イサキの声に聞こえたのは幻聴だろうか。頭が痛くて気持ちが悪い。吐くものももうないのに吐きそうだ。飲み過ぎた。飲まずにいられなかった。イサキ。今はお楽しみの最中なのかと考えるだけで、胸の真ん中が張り裂けそうになる。行くなと言えればよっぽど楽だったろうに、引き留める権利なんてなかった。イサキは1番隊の所属だが、自由時間の行動まで制限出来るほどの権限は隊長にない。行くなと言って、嫌だと言われたら終いだ。なんでと聞かれたら困ってしまう。待っても待っても帰ってこない。飲んでも飲んでも落ち着かない。女々しくて嫌になる。気持ちが悪い。もう嫌だ。
「マルコ」
また呼ぶ声がして、それが幻聴ではないと気付いた。イサキの声。突っ伏したベッドから顔を少しだけ上げると、イサキが困ったような表情でおれを見ていた。帰ってきたのか。行く前と変わらない姿に少しだけ安心する。何事もなかったならどんなに良かったか。途中で気が変わって、ふらっと姿を消しただけで、女なんか抱いてなければいいと思った。けれど事実はそうもいかない。微かに匂う女物の香水が頭痛を酷く増悪させる。
「見張り番のやつが、お前がおかしいって」
どうした?と聞く声が優しくて泣きそうになった。少しだけ吐き気が治まって首を振ると、がちゃがちゃとガラスが擦れ合う音がする。床に転がったいくつもの空き瓶をイサキが拾っているのだ。「うわ、これ火ィつくやつじゃん」。呆れも含んだ声に何も返せない。ただ手を伸ばしてイサキの服を握ると、イサキの体が強張ったような気がした。何かされると思ったのだろうか。生憎、もう何かする元気もない。
「…あたま」
「うん?」
「あたま、いてェ…」
「…まあ、こんだけ飲みゃあなァ」
「みず…」
「はいはい、今持ってくる」
立ち上がりかけたイサキの服には、まだおれの手がしがみついている。「マルコ」。離すようぺしぺしと軽く叩かれたが、おれは頭を振った。
「いくな…」
「…どうした?本当におかしいぞ、お前」
「いくなよい…」
「……水、とってくるだけだから、すぐ戻ってくる」
温かい掌が頭を撫でた。触られるのは随分と久し振りのような気がする。少し前までは日常的だった体温が離れて、おかしくなったまま戻れていない。宥めるような指先が心地好くて、安心して、おれはそのまま意識を落とした。