マルコ長編 | ナノ


春島といえど夜は肌寒い。少し冷たい風が酒で熱くなった顔には心地好く、おれは少し海岸を遠回りしながら船へ戻った。
草木さえ黙り込む真夜中に、起きている人間は見張り番かまだ飲んでいるやつくらいだ。おれは見張り番の男に片手を上げて挨拶すると、おれの姿を見た途端に慌てた様子で手招きをされる。はて、なにかあったんだろうか。見張り台の上へと登って顔を出すと、確か3番隊に所属している彼は声をひそめてこの船で起きている異常を教えてくれた。

「マルコさんが、変なんです」
「…マルコが?」

思いも寄らないところから名前が出て来て、喉が引き攣ったことには気付かれていない。見張り台の上から目撃したマルコの行動をさも重大な事件のように話す彼は、若干顔が青ざめている。一体何があったというのか。

「最初はそわそわした感じで甲板に出たり、中に引っ込んだりを繰り返してるだけだったんですけど」
「…それだけでも十分おかしいな」
「そうなんですよ!何かあったんですかって聞いても何でもないっていうだけで、でも多分、中で飲んでたみたいなんですけど、飲み方もいつものマルコさんとは違くって」
「なんだ、酔っ払ってたか?」
「悪酔いしてるみたいなんです。さっきもそこで、海に吐いてました」

そこ、と指した船の縁は、今はもう誰もいない。だがそれが本当の話だとしたなら、確かに変だ。マルコとは長い付き合いだが、吐くほど飲むなんて若い行いは随分と昔に終えたはずである。ましてやそんな失態を誰かに見られるなんて、マルコらしいとは到底言えない。「どうしたんだろうな」と首を傾げると、興奮しながら話していた彼は言葉を切り、じっとおれを見詰める。なんだ、その責めるような目は。

「…マルコさん、イサキさんのこと待ってたんじゃないですか?」
「おれ?」
「いきなり色街に行くとか言い出して、おかしいじゃないですか。心配してたんですよきっと」
「…馬鹿いうなよ、もう子供じゃないんだ。色街行くくらいで心配なんて、過保護な母親じゃあるまいし」
「だって、でも、じゃあ、…イサキさんのことが、好きだとか?」

馬鹿いうなよ。叫び出しそうになった喉を抑えて、代わりに重たい溜息を吐き出した。若い発想だ。なんでもそういうことに結び付けたい年頃なんだろう。おれは痛む頭を振って、「あのな」と言い聞かせるように告げた。

「おかしいだろ…なんでマルコがおれを好きなんだ」
「正直たまに疑ってました。二人ともすごく仲良いし、女遊びもしないし、付き合ってんじゃないかと」
「うわァ…」
「最近二人がなんかぎくしゃくして、そんでいきなりイサキさんが色街行くとか言い出して、そしたらマルコさんがあんな感じで…イサキさん、マルコさんのことフッたんだとか確信してたんですけど」
「…………違ェよ、ばか。おっさん二人の恋愛事情なんて妄想するな、気持ち悪ィ」
「じゃあなんでマルコさん…」
「知らん」
「聞いてみて下さいよ」
「なんでおれが」
「ほら冷たい!やっぱりなんかあったんでしょ!」
「大人にはなー、理由がなくても仲悪くなったりおかしくなったりするセンチメンタルな時期があるんだよ」

なんかもう、頭も痛いが胃も痛い。マルコがどうしたとか、知らねェよ。確かに心配は心配だけど、付き合ってるとか、マルコがおれを好きだとか、おれがマルコをフッたとか、勘弁してくれ。そんな話はもううんざりだ。

「…とりあえず様子見てくる。お前、マルコのことは誰にも言うなよ」
「何があったのか教えてくれたら黙ってます」
「教えられることならな」

まだ何か言いたげな見張り番の頭をぐしゃぐしゃと撫でつけて、見張り台から飛び降りる。泣きそうだ。もう踏み込まないって決めたばかりだというのに、なんだよ、マルコ、どうしちゃったんだよ。


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