「別にスケジュールくらいどうとでもなる」
「別にそうまでして空けなくてもいいよ」
という主張をお互いにし続けて幾数年、恋人になってからそれなりに長い時間が経っているがおれとアイスバーグはお互いの家に泊まることはあるものの丸一日以上を共に過ごしたことがない。
アイスバーグは忙しい男だ。ウォーターセブンの市長でガレーラカンパニーの社長という二足の草鞋を履いているので当然だとは思うが、そのせいでプライベートに割く時間は少ない。一存でスケジュールを空けることは出来るようだが、すぐに他の予定が入り結局は休まる時間もない。ただでさえ仕事と私事の境界が曖昧な生活をしているのだから、恋人とはいえおれは仕事帰りにでも時折家に寄ってもらって飯食って軽くセックスして翌朝も仕事のアイスバーグを見送っておれも仕事に行く、という簡素なルーティンでも構わないのだ。丸一日空けられるなら自宅でゆっくり休んで欲しい。気分転換にどこか遠くへ行きたいというのならそれもいいだろう。けれど、おれのために時間を空けるというのなら別にそこまでのことをしなくたって、と思ってしまうのだ。おれは今のままでも満足している。ゆっくりと二人の時間を過ごすなら、アイスバーグが自分の仕事を誰かに託して社長でも市長でもなくなった時でいい。
「なあアイスバーグ、今更掌を返すようで悪いんだけど」
「…なんだ」
「今後は時間空けられるときに空けてもらっていいかな。もっとアイスバーグといたい」
「……おれはずっと、その言葉が聞きたかった」
「うん、ごめん」
包帯だらけのアイスバーグを見たとき、おれは今までどれだけ自分が楽観的な人間なのかと思い知った。今日は昨日の続きで、明日は今日と同じで、そうやってこの関係が変わらないまま続いていくのだと信じて疑わなかったのだ。
一夜にして全てが失われていたかもしれない可能性を後から知って、安堵と無力感を同時に味わった。自分の愚かさに対する嫌悪も。
生きていることは当然ではないのだ。少なくともこの海では、平和よりも暴力と災害が蔓延っている。もう長いこと守られてきたこの街の平穏は、他の誰でもないアイスバーグが積み重ねてきてくれたものだというのに、おれは恋人でありながらどうしてそれをのうのうと享受するだけでいられたのだろうか。恥ずかしい話だ。
「おれじゃアイスバーグに何もしてやれない」
「……別れ話なら聞かないぞ」
「いや別れるつもりは全然ないけど」
「ならいい」
「何もしてやれない、けど、一人にさせてまた危ない目に遭うのも嫌だし」
「一人じゃない、パウリーがいた」
「わざと言ってるでしょそれ。ほんっと頼りにならない恋人でごめんな?」
「違う、……違う、お前だけは、巻き込みたくなかったんだ」
「巻き込んで欲しかったよ、恋人だもん」
「……ああ」
「何もしてやれないし、頼りにならないだろうし、アホみたいに楽観的で嫌になるだろうけど、後悔したくないからもっとずっと一緒にアイスバーグといたいんだ」
「……おれはずっと一緒にいようとしたんだぞ」
「うん、だから、ごめんて」
「お前と、過ごしたかったんだ」
「うん、悪かった」
「今からでも間に合う?」とお伺いを立てれば、まだ痛々しい包帯だらけの姿で、アイスバーグは嬉しそうに「仕方ないな」と笑った。ああ、よかった。本当に、生きていてくれて、よかった。
「治ったら丸一日セックスしようね…」
「は?いや、なんだって?」
だっておれインドア派だから他に何したらいいかわかんないし。おうちデートもいいでしょ?これからはいっぱい、一緒にいような。