SSリクエスト祭5 | ナノ


恋人にするにはいいけど、結婚には向かない人っているじゃん。スモーカーくんは多分そのタイプだ。無愛想だけど愛情深いし面倒見良いし、結婚したらしたでいい夫婦になれるのかもしれないけれど、少なくとも現役の海兵である今は無理。
身体が動くうちは海賊を追いかけて取り締まる方を優先するだろうし、特に今は何かと話題に事欠かない麦わらに夢中だ。あいつを追いかけて本部に戻ってくるまでのことをするのだから、恋人としての付き合いが長いだけのおれが「結婚してください」ってプロポーズしたところで了承はしてくれるのかもしれないけどずっと一緒にいることは出来ないだろう。それこそ、麦わらが行くならラフテルにだって到達してしまうかもしれない。スモーカーくんのそういう執念深いところ、好きだけど嫌いだよ。


「来月から、Gー5に異動だ」
「そう、じゃ別れよ」

その話を聞いた時、驚くとか寂しいとか戸惑うとかよりも先につるりと口から滑り落ちた言葉に、おれ自身が(まあそうなるよな)と納得してしまった。おれの家で久々に飯を食いながらなんでもないことのように報告したスモーカーくんは、驚いたように顔をあげて、少しだけ動揺の表情を見せた。別におれと別れても構わないってわけじゃなさそうな様子に、安堵と喜びがわく。でもちょこっとだけだ。言葉を撤回するつもりにはなれない。

おれはずっと、おれの生涯に連れ添ってくれる人が欲しかった。なべて言えば結婚してくれる人。お互いに尊重しあって、死ぬまで共に出来るよう努力してくれる人。
スモーカーくんを好きになって、感情のまま告白をして、受け入れてもらってからもそれは変わらない。海兵としてのスモーカーくんが結婚に向いていない男だとは分かっていたけれど、本質は愛情深く一途な人だとも知っていたから、いつか、そのうち、と思って待ち続ける覚悟は出来ていた。もしかして付き合ったばかりの頃にその願望を伝えておけば、早々に断られるか形ばかりに籍をいれることは許してもらえたのかもしれないけれど、おれはそのどちらも嫌だったから機会を待った。諦められなかったのだと思う。かつてないほど好きになれた人と、生涯を連れ添うという夢を。
いつ死ぬかわからないようなこんな職業で、恋人としての付き合いを10年近く続けてなお、いつか、そのうち、と現実逃避にも似た展望を諦めさせてくれたのは、件の麦わら帽子を被った海賊だ。犯罪者は一律に捕まえて監獄にぶちこんできたスモーカーくんが、初めて逃がしてしまった男だからか、ローグタウンの管轄を外れてからもずっとご執心である。
いや、ローグタウンを出るきっかけとなったのだって、麦わらを追うためだ。そして今度は、G-5という海軍支部の中でも特殊な部隊へ異動するのだという。これも多分、麦わらを追うため。待っているのだ、スモーカーくんは。あの白ひげと海軍との戦争に割り込んで深手を負い行方をくらませた麦わらがまた表舞台に出てくる日を、待っている。

ならもう、おれはいいかなと思ったのだ。諦めがついた。麦わらが捕まったら、あるいは死んだらスモーカーくんの心に隙間が出来て、そこにおれをいれてくれるかもしれないなとは考えるけれど、それっておれの欲しい『生涯を連れ添う相手』の理想じゃない。麦わらの代わりに結婚を迫るようなものだ。それなら麦わら以外にスモーカーくんの心を惹く海賊が現れたとき、スモーカーくんはまたそれを追いかけていってしまう。それはいやだ。だからもう、いいかなと思った。スモーカーくんと生涯を連れ添いたいと願うのは、諦めようと思った。

「ごめんね、おれもそろそろいい歳だしさ、結婚とかしたいなって思って」
「……お前、今まで一度もそんなこと」
「うーん、言っとけばよかったかな。でも、スモーカーくんたまにしかおれの傍にはいてくれなかったから」
「……」
「責めてるわけじゃなくって。ただ、スモーカーくんとおれとじゃ見てるものが違いすぎたなって、その異動の話聞いて」
「……そうか」
「うん」

ずっと好きだったよ。一生一緒にいたくて諦められなかった。でももういいや。ごめんね。ありがとう。体に気をつけてね。
おれが一方的に告げる別離を、スモーカーくんは押し黙って聞いていた。こう言おうと考えていたわけでもこうなるだろうと覚悟していたわけでもない。それでも滞りなく言葉は出てきて、涙ぐむということもなかった。淡々と言いたいことを言い終えてから味噌汁を啜ったおれに、スモーカーくんも「わかった」とだけ頷いて鶏肉を咀嚼した。スモーカーくんの好きなスモークチキン。美味しそうに大口開けてかじりつく顔が好きで燻製器も買ったけれど、もう要らなくなってしまうものだから異動の餞別にあげようかな。あてつけのように思えるかな。ただ単に、おれがいないところでもその顔が出来るようにしてあげたいだけなんだけど。

別れを決めてからも好きな気持ちは変わらないのに、ほかの誰かをスモーカーくんより好きになれるだろうか。無理だろうな。無理だと思う。無理だとわかっていたから、おれはスモーカーくんがおれと永遠を誓ってくれそうになくてもずっと傍にいたのだ。
でももう無理だ。おれももう30代も後半だし、スモーカーくんがおれと永遠を誓えずともそばにいてくれるという努力すらしないことを理解してしまった。

「……おれは、」

スモーカーくんは何か言おうと、すぅ、と小さく息を吸った後、一瞬止まって、結局何も言わなかった。言葉にならなかったその一言は、きっとおれ達を繋ぐ欠片になるはずのものだったろうけど、形にならなかったそれはおれ達を繋ぐことなく消えてった。『おれは』、そうだね、おれも、スモーカーくんのこと、好きだったよ。今は一緒にいられなくても、いつか、そのうち、と夢を抱くくらいに。

「今までありがとね、スモーカーくん」

さよなら。おれの永遠になれなかったひと。死ぬまで一生愛してると思ってたよ。

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